週末は神戸で仕事をしている。時間が不規則なので、午前中で終わるときもあれば、昼休みが4時間、なんて日もある。そんな日は、神戸の見知らぬ道をてくてく歩く。それは、陽光眩しいある春の日の出来事であった。
行き先を新開地としたのに別段理由はなかったが、神戸で仕事をするようになってから、ハーバーランドより西は行ったことがなかった。同僚に近道を教えてもらい、一路新開地へと向かった。
十分も歩かぬうちに、大阪の新世界のような佇まいを見せる街に辿り着いた。見知らぬ街を知るには商店街を歩くべし。私はアーケード沿いに歩いた。寿司飯の酸い匂いが漂う。この辺りも震災でやられたのであろう、真新しい構えの店や空き地が目立つ。
アーケードを抜けると、公園に出た。この湊川公園は、一部が大きな通りをまたいで高架状になっており、非常に興味深いロケーションである。公園を横切って、何気なく北へ進むと、またアーケードが見えた。東山商店街は道幅が狭く、両並びの店がひしめきあっていた。
明石直送のエビは白い発泡スチロールケースの中で跳ね、シャコは篭に山盛りにされている。カニや旬の魚も並び、大阪や京都の商店街とは違って、ここが海に近いことを知らしめてくれる。一パック150円のいなり寿司に目を奪われながら、東山商店街を抜けると、ものものしい工事フェンスが目に飛び込んだ。
そう、ここがあの悪名高き新湊川である。相次ぐ二度の氾濫で付近住民に甚大な被害をもたらしたあの川である。ほとんど流れのない河面を覗きこんだが、道路までは4、5mはあるだろうか、かなり深い。これが溢れるのだから相当な流量である。六甲の山肌が次第に迫り、私は進路を変えた。
事前に何も調べていないのだから、漠然と方角がわかる程度で地理的情報は全く持っていない。気がつくと、南下して公園の東側にいた。このまま南下すれば、地下街のある通りから帰路に着ける。私は、「柳筋」と書かれたアーチのある通りに入った。その先に待ち受ける驚愕の事実も知らずに。
通りに入ってすぐ、私は一人の中年男性に声を掛けられた。
「おにいさん、どうですか?」
客引きである。もちろんその気はないので愛想笑いで断った。更に進んでいくと、
「にいちゃん、安うしとくで」
また客引きである。手を振って断る。何事かとふと周りをよく見渡すと、そこはソープランドやファッションヘルスがひしめいている。
「げっ、ま、まさか・・・」
私は、あろうことが歓楽街に迷い込んでしまったのだ。通りの両側は全て風俗店、更に私の行く手には数人の客引きが待ち構えているではないか。脇道へ入ろうと目をやると、ますますヤバイ店が軒を連ねている。
「マ、マジかよ・・・」
マジである。私の目深に被った帽子など、いかにもという感じがぷんぷんである。それが目的で来たのならいざ知らず、私はただの迷い人である。仕方なく、私はその柳筋を突っ切る覚悟を決めた。
客引きは、次々とまるでRPGのモンスターのように私の行く手を阻む。この通りを歩いてくる人間に声をかけるのは彼らとしては当然である。だが私にそのつもりは毛頭ないので、頭ごなしに断るしかない。だんだん申し訳ないような気がしてきた。
余計な冷汗をたっぷりとかきながら、私はようやく歓楽街を通り抜け、地下街へ続く通りへ出た。ばつが悪いとはまさにこのことである。私は逃げるように地下へと消えた。