パール兄弟 「未来はパール」

「もんもんドラエティ」という番組に「お茶の子博士」というワンコーナーがあった。毎週3分程度のショートフィルムを流すものなのだが、これが恐ろしくシュールでリアルなサイコホラーだった。そのお茶の子博士というのが手塚真であり、彼がビデオクリップを手がけたのがパール兄弟だった。出会いはそんなところである。
80年代ニューウェーヴシーンの一翼を担っていたハルメンズのメンバー、サエキけんぞうが詞を、近田春夫とビブラトーンズのメンバーだった窪田晴男が曲を担当し、二人をメインにしてベースのバカボン鈴木(メトロファルス)、ドラムの松永俊弥が加わって、パール兄弟は86年に活動を開始した。パール兄弟とは、サエキと窪田の風貌が似ていたためにそう名付けられた。
サエキの詞は、既に鈴木さえ子のアルバムで出会っていた。強烈な印象があった。提供したミュージシャンの世界観を引っ張るような、ともすれば音楽さえ引きずり込むような妖しい魅力があったように思う。それが、パール兄弟では全面に押し出されてくる。加えて、窪田の鋭角なギター、バカボンの骨太なベース、松永の流麗なドラム。それでいて、生まれでるサウンドは決して荒ぶれてはいない。時には懐古的に、時には未来的に、たまにはエッチに。どこにでもあるようで、実はまったく掴み所がない、それがパール兄弟のサウンドだった。
これほど傾倒したミュージシャンは、後にも先にもサエキ氏のみである。しりあがり寿のマンガを読んだのも、ブロッサム・デアリ-のCDを買ったのも、全て氏の影響である。大学で映画をつくりながら、漠然と脚本や小説を書いて行こうかなと思っていた当時、パール兄弟のサウンドは、私をどんどん引き込んでいった。
だが、それだけでないことが、パール兄弟が解散してわかった。5枚目のアルバム「六本木島」発売直後のライヴで、窪田が勘当され(兄弟は解散できないらしい)、翌年にはバカボンも脱退した。3人になったパール兄弟が作り上げた6枚目のアルバム「大ピース」を聴いて、私は直感した。「あ、違う」と。
やはり、パール兄弟はサエキと窪田、二人合わせてパール兄弟である。窪田の抜けたその6枚目のアルバムは、見事にそれを証明していた。
昨年、勘当を解かれた窪田は、再びパール兄弟として、今度は二人だけの本当のパール兄弟としてのアルバムを発表した。実はまだ聴いていないが、いつまでも仲良くやってほしいものである。
サエキけんぞう オフィシャル http://www.saekingdom.com/
22MX1242 POLYDOR 19860625

みかつう

ツイッターは@crescentwroksだよん

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