バターを探せ

去年から意外と深刻なバター不足。
未だ各スーパーではかなり品薄だ。自衛隊活動拡大よりこっちをなんとかせんか。
うちの近所のスーパーでは、とうとう四つ葉バターが姿を消した。
カップ入りではないものはたまに見かけるが、やはりあれは使い勝手が悪い。
ん、そうか、バターを入れる容器を買えばいいのか。
と京都で一番大きなダイソーへ行ったが見当たらない。
明日は100均のはしごである。おっと、バターも買わねば。

鶏そぼろ食べたい

ずっと前から漠然と食べたいなあと思っていて、こないだテレビで見たかなんかで俄然食べたくなった。
自分で作るにはけっこう手間で、鶏ミンチから作っても商品を買ってもそんなに値段は変わらない。
スーパーで瓶入りの鶏そぼろを見かけて、買おうかと思ったがなぜか二瓶1パックで、そこそこの値段がしたので買わなかった。
いよいよ我慢できなくなって今日買いに行ったら、もっと値段が高くなっていた。以前は安売りしていたようだ。しまった、買っておくんだった。
おかんに聞くと、レトルトのがあると言うのだが、どうも今はなくなったようだ。
言われてみれば、弁当用のなんかそんなのがあったような気もする。
ああ、鶏そぼろ食べたい。飯三杯食べたい。

子供をかばうのが親

件の少年の残忍な殺人事件。
主犯格とされる少年は逮捕されたが、容疑事実に関しては否認している。
そのことに対して、その逮捕された少年の親が彼をかばっている。
これは当たり前のことである。
子供を信じるのが親であり、子供が殺してないと言うならそれを全力で信じるのが親だ。
その点に関しては素晴らしい親である。
しかしだ。
もしその少年が嘘をついていて、自分の手で殺したのであれば、親は嘘をついた子供の責任を取らねばならない。
それで改めて素晴らしい親と言える。
私は、人の命を奪ったものは己の命を差し出して償うべきだと思っている。
その少年の親は、少年に代わって己の命を差し出すことができるだろうか。
それが親の責任というものである。
子供を人殺しに育てた親の責任は、大きい。