実に衝撃的な作品であった。ゴーショーグンのノリを引き継いだハッピーな魔法少女アニメは、悪ノリしすぎて本当に予告編でレミー島田を出してみたり、ミンキナーサというゴーショーグン紛いのロボットを出してみたり、やりたい放題みたいな印象があった。観てる側はそれで充分楽しかったのだが、それが衝撃のラストを引き立てる伏線とは思いたくない。
魔法少女もので、最終回に主人公が死ぬ作品は、後にも先にもミンキーモモだけであろう。
モモは、夢の国フェナリナーサから、人々に夢と希望を与えるためにやってきた。しかし、人々は夢も希望も持とうとはしない。だんだん魔力が失われていくモモ。そして、遂に魔法が消え、彼女は不慮の事故で死んでしまう。こんな悲しいラストが許されていいのだろうか。
主人公の死もそうだが、なんでもできるはずの魔法でさえ、結局は現実の人間に対して何もできなかったという、現代社会に対する皮肉が心に刺さる。モモを死なせたのは、実は我々の心だったのだと。
スポンサーの気まぐれで打ち切りと延長が同時に決まったため、最終回以降も第二部的に話が続いたのはせめてのも救いである。
90年代に続編が製作されたが、こちらもハッピーエンドにはならなかった。実に辛いアニメである。
キャスト
モモ:小山茉美
シンドブック:田の中勇
モチャー:木藤玲子
ピピル:三田ゆう子
パパ:納谷六朗
ママ:土井美加
王様:増岡弘
王妃様:塚田恵美子
スタッフ
監督:湯山邦彦
脚本:首藤剛志
キャラクターデザイン:芦田豊雄
作画:わたなべひろし
放映日時:1982.3.18~1983.5.26

戦国魔神ゴーショーグン
私にとっては禁断のカテゴリーとも言えるアニメーション。手始めに葦プロあたりから攻めたいと思う。
葦プロと言えば、首藤剛志、湯山邦彦、いのまたむつみである(書いてて懐かしー)。気持ち的には小山茉美も入れたいところだ。私自身、ゴーショーグンはかなりはまった覚えがある。徳間書店刊で発売された首藤氏のオリジナル小説まで買っていたのだから、そのはまりようがわかると思う。
破滅志向に陥って大失敗した前作のバルディオスの反省もあって、ゴーショーグンは脳天気なくらいのネアカでスタートした。タイムボカンシリーズ並みの善悪キャラの掛け合いが絶妙で、各キャラクターが物語の中で実に生き生きとしていた。正直、ストーリーなどどうでもいい。ストーリーはキャラクターを見せる筋書きに過ぎないのだ。
しかし、このキャラクターありきの作風が、スポンサーのへそを曲げてしまった。おもちゃが売れないのだ。テレビ番組は、スポンサーの商品を売るために作られるのが大前提であり、それに叶わなかった番組は問答無用で打ち切られる。あのガンダムでさえそうなのだ。ある意味、ソーラレイより恐ろしい。メディアミックスの今なら、一本調子なスポンサーで番組が潰れることもなかっただろう。
スポンサーの眼鏡には適わなかったが、アニメファンはがっちりとゴーショーグンを受け入れた。その証拠に、現在もなおゲームなどでゴーショーグンの名を見かけることがある。ゴーショーグンを見て育った大人達の、せめてもの恩返しだと私は思う。
ところで、なぜゴーショーグンが”戦国魔神”なのか、ご存知の方はご一報いただけるとありがたい。
小説版ゴーショーグン 参考URL http://www2.vc-net.ne.jp/~nausicaa/goshogun/novels.html
キャスト
北条真吾:鈴置洋孝
キリー・ギャグレー:田中秀幸
レミー島田:小山茉美
真田ケン太:松岡洋子
レオナルド・メディチ・ブンドル:塩沢兼人
スーグニ・カットナル:木原正二郎
ヤッター・ラ・ケルナグール:郷里大輔
(タツノコネーミング・・・)
スタッフ
監督:湯山邦彦
脚本:首藤剛志
作画:田中保
放映日時:1981.7.3~1981.12.28

韓流に流されるテレビ局は溺れてしまえ
日韓交流を妨げるつもりは毛頭ないし、ドラマに感化されてロケ地を巡ることを非難するつもりもない。私も、東京へ行く機会があれば「探偵物語」のロケ地へ行ってみたいくらいだ。
しかし、柳の下のドジョウを躍起になって探しまくっているテレビ局の姿勢だけは、許すことができない。そう思ったのは、フジテレビの「クイズ・ヘキサゴン」を観てからだ。
その日、番組の回答者はいわゆる一発屋の人達を集めていた。メンツからして、ほとんど紳介師匠の身内(円広志と桑名正博と高原兄て・・・)であるが、こっちとしてはそのほうがトークも冴えるので面白いだろうと観ていた。しかし、この日は番組中に冬ソナの未公開シーンを流すという知らせが何回もあった。別に気にも留めずに観ていたのだが、それは8時40分頃のことだった。
ある回答者が問題を指定すると、それは冬のソナタに関する問題であった。そこで、その未公開シーンが流れたわけである。
よーく考えていただきたい。
視聴率稼ぎで未公開シーンを流しているのは明らかである。8時40分頃といえば、水戸黄門なら印籠が出る時間だ。
しかし、普段の回答者は問題をランダムに選んでいる。ということは、この時間にこの問題を選ぶということを、予め決め打ちしていたのだ。
これがテレビのやり方である。一応スタッフの名前を列挙しておくが、一番悪いのは編成のバカ共である。
■プロデューサー・演出
神原 孝(バラエティー制作センター)
■プロデューサー
西 雅史(D:COMPLEX)
■ディレクター
池田よしひろ(D:COMPLEX)
奥村達哉(D:COMPLEX)
武田直也(D:COMPLEX)
■制作
フジテレビバラエティ制作センター
■制作協力
D:COMPLEX
面白いクイズ番組だったんだけどね。
アルプスの少女ハイジ
関西地区で再放送が始まった。最近めっきり昔のアニメの再放送枠がなくなったが、これだけは今も放送され続けている。ランキング番組でも常に上位にあり、日本国民から愛されているアニメといえよう。
カテゴリーが被るが、食べ物の話をしてみたい。
ハイジに出てくる食べ物といえば、あの黒パンとチーズである。ダウンタウンの松本氏も言っていたが、あのパンとチーズは実にうまそうである。だが実際の生活に置き換えてみると、ただのパンとチーズである。黒パンは堅いし、チーズはどこにでもある普通の(ハイジではヤギのチーズだが)チーズである。なぜあんなうまそうに見えるのか。
ハイジ役の声優、杉山佳寿子は、七色の声を持つと言われ、今や大ベテランの声優である。食事のシーンで、黒パンにおじいさんがチーズを乗せると、ハイジが目をきらきらさせて「うわあ」と言うが、その時の声の催眠効果たるや絶大である。このとき、まさにハイジは視聴者の視点と同化する。
加えて、パンの上にチーズが乗ったとき、溶けたチーズがパンの上でゆっくりと動く。些細な効果かもしれないが、アニメーションは動きが遅いほどその表現力を問われる。
黒パンとチーズがうまそうに見えるのは、声優の芝居とアニメーションの表現という、実に単純な、しかし奥深い演出によって成り立っている。
CG全盛の時代、クリエーターを目指している人達には、虚飾という言葉の意味を理解してほしいものだ。

飯島真理 「ROSE」
今頃彼女について記事を書くことになって、少し反省している。当時アニメオタク絶好調だった私が、初めて部屋にポスターを貼った人であり、初めてコンサートに行った人なのだ。だが、坂本龍一プロデュースでなかったら、このアルバムを買っていたかどうかは少々疑問である。
ガチガチのテクノアレンジではあるが、彼女のキュートな歌声を邪魔することなく、世界観を作り上げているのはさすがである。何百回とレコードに針を落としたが、もちろん今でも聴ける曲ばかりである。
ただ、よく言われることで私もそうなのだが、飯島真理の音、というのはとうとう見つけられなかった。もちろん、彼女はシンガーソングライターなのだが、曲にそれほど特長がなく、奥田民生や小西康陽のように誰が歌っても作曲者がわかるようなサウンドではなかった。
だが、その声は飯島真理以外の何物でもない。十年二十年経っても、彼女の声の魅力は色褪せることはない。それが逆に、コンポーザーとしての飯島真理を隠してしまったのかもしれない。
アメリカ人音楽プロデューサーと結婚してロスに永住、二児をもうけるが離婚。現在もロスで活動中であり、最新アルバムが発売されたばかりである。日本での入手は難しそうなのだが、機会があれば聴いてみたい。
飯島真理 公式ウェブサイト(英語) http://www.marimusic.com/
SJX-30207 Victor 1983
芋ようかん
このブログを一通りお読みになった方はわかると思うが、私は多分にして東京にいいイメージを持っていない。関西人の悪い癖だとは思うが、そう思わせる何かが東京にもあるのもまた事実である。しかしそんな私が、100%平身低頭する食べ物が東京にある。浅草舟和の芋ようかんである。
誰のお土産かは忘れたが、それが我が家に来たとき、一口食べてそのおいしさに感動すら覚えた。私と妹で瞬く間にそれは無くなり、最後の一本をいい歳をした二人がケンカするほど争って食べた。
芋ようかんと名は付いているが、ようかんらしいのはその形だけである。さつまいもと砂糖だけで作られ、自然の甘みが活かされている。
土産物というのは、往々にしてそれほどおいしくないものである。おいしいと思うのは、土産というシチュエーションがそうさせるのであって、毎日食べればきっと飽きるはずだ。だが芋ようかんはきっと違うだろう。あの素朴な味は、毎日でもたぶん飽きないと思う。というか、飽きるほど食べてみたい。
こちらでは通販しか入手手段がないので、私への東京土産はぜひ芋ようかんを。

アンナ・バナナ 「High Dive」
NHKのみんなのうたはみなさんもご存知かと思う。私は「北風小僧の寒太郎」が大好きなのだが、なぜかあの歌を聴くと涙がこみ上げてくる。悲しいわけでもないのだが、楽しい歌の中にもどこか冬の物悲しさや、郷愁が隠れているのだろう。マチャアキもいいが、やはりあの歌はサブちゃんバージョンがいい。
アンナ・バナナも、初めて聴いたのはみんなのうたである。「smile」という曲が耳に残り、CD屋でアルバムを手に取ると、田島貴男がプロデュースしているとある。ピチカート時代から、曲調は好きだがどうも男ヴォーカルなのが引っ掛かっていて、女性ヴォーカルの田島貴男の曲が聴きたいと思っていたところだった。
夏をテーマにしたサウンドは、それらしく作り込んであるものの、ストレートなイメージは感じられない。海は近くにあるんだけど見えない、しかし確かに今は夏、みたいな感じに仕上がっている。
アンナ・バナナのヴォーカルは、夏の空気感だけをたっぷりと含んで、田島の曲を歌い上げている。これがもし田島自身のヴォーカルなら、じとっと汗がにじむところだ。まさに「High Dive」。水飛沫が顔に跳ねるようなサウンドである。
よく晴れた夏の日、オープンカーで海沿いの道を走りながら、また来年にでも聴いていただきたい。
SXCR-604 SIXTY 19930623