エスカレーター右か左か

東京では右を空け、大阪では左を空け、国際的には左を空け、つまり大阪は東京より国際的、みたいなのが一般的な見解としてある。
この話題で、某大型掲示板に目からウロコものの意見があった。
東京も大阪も、左側通行というのが基本にあって、左に停まって右を歩く東京に対し、左を歩いて右に停まる大阪は、エスカレーターを歩くというのがデフォルトである、というのだ。これには大納得である。
最近、京都の地下鉄をよく利用するのだが、そのエスカレーターが腑に落ちない。なんと、みんな左待ち右空けの東京スタイルなのだ。
私は京都生まれだが、エスカレーターの利用頻度は大阪のほうが圧倒的に多いので、右待ち左空けが染み付いている。ところが、大阪と目と鼻の先の京都は、逆なのだ。
うーむ、これはどういうことだろうか。調べているとこんな記事を見つけた。
私がおかしいと思ったのは、京都の地下鉄のエスカレーターである。そう考えてみると、地下鉄以外の他の私鉄やデパートなどは、特におかしいと思ったことはない。
京都には、建造物高さ制限という条例がある。よそでエレベーターのボタンが10も20もあるのを見たときはちょっと驚くような環境である。エスカレーターでの移動距離も苦になるほど長いものはない。
しかし、京都の地下鉄、特に東西線は、地下3、4階分くらいの深さにある。つまり、たぶん京都でも他にないくらいエスカレーターの距離が長い。
だがなぜそこで東京ルールが持ち込まれたのか。
地下鉄東西線は、山科区の新興住宅地から市内中心部を通って、二条城に至っている。もう一つの地下鉄烏丸線は、京都駅から(細かく言うと違うけどw)宝ヶ池の国立京都国際会館を結んでいる。
利用者層を考えると、観光客や学生など、京都外で生まれ育った人々が圧倒的に多い。つまり、地下鉄に慣れていない京都市民が、地下鉄慣れした観光客らが持ち込んだ東京ルールに合わせてしまった、とは言えないだろうか。
なんとか大阪ルールに変えようと思うのだが、私一人ががんばったところでさすがにこれは無理のようだ。

ガードレールに謎の金属片

置き石といい、以前の異物混入といい、最近の日本人はやたらバカが増えたなあと思いきや、どうも今回は様子が違う。
ガードレールから突き出た金属片に接触してケガをした人が相次ぎ、悪質ないたずらと見られていたが、調べてみると40以上の府県で一千箇所以上同様のものが見つかったという。
ネットで流布したものにしてはあまりに膨大すぎるし、愉快性がまったくない。一因として、車がガードレールに接触したときに、ボディの一部が引き裂かれてそのままになっていたというのがある。
それが証拠に、今回見つかっている金属片は、古くて錆びたものがほとんどで、中にはボルトを回さないと外せないものもあった。
いたずらだとして、わざわざガードレールのつなぎ目のボルトを外してまでするだろうか。金属片の形状も似通ったもので、一千箇所以上同じものを調達するのはおよそ不可能である。
今回の一件は、何らかの同じような原因で発生し、今日まで放って置かれたものが、怪我人が相次いだことにより世間の注目を浴びて、このような騒動に発展したのだろう。
怪我人が出ていることには憂慮するが、原因は恐らく、国道沿いに落ちている軍手の理由と同じようなものかもしれない。

地球温暖化

衣替えである。
ボランティアとか環境問題とか、あまり他人のことに関心のない私だが、最近はたと気づいた。
仕事が変わり、スーツを着るようになった。私はこのスーツというやつが苦手というか、大嫌いで、というか、スーツさえ着ていればちゃんとした人に見えるという、テロリストでも強姦魔でもスーツさえ着ていればちゃんとした人に見えるという、そんな世の中の風潮がクソ食らえということで、不本意ではあるが着て仕事をしている。
スーツは、長袖である。夏も長袖だ。暑い。冷房温度が下がる。エネルギーを使う。二酸化炭素が増える。地球温暖化。
ということで、今日からみんなスーツを着るのをやめよう。サマータイムの導入より、6、7、8、9月はスーツ着用禁止という法律をつくっていただきたい。
マジだぞ。

アグファ破産

いくらデジカメが普及しようとも、フィルムカメラは絶滅しないと思っていたが、まずフィルムメーカーがやられてしまった。
昔本腰を入れてスチールをやっていたとき、アグファのリバーサルは結構使った。確かモノクロのリバーサルを唯一販売していたと思う。ネガは色のバランスがむちゃくちゃで(ラボが悪い?)使えなかったように記憶している。
破産しなくても、購入できる店はたぶん僅かだっただろう。フジやコダックといったメジャーなフィルムさえ売れないのに、ドイツの聞いたことのないメーカーのフィルムは、素人が見れば百均レベルに思えたに違いない。
デジカメ市場は、今後も銀塩フィルムカメラの市場を圧迫していく。だが、私は決して、デジタルがアナログにとって代わる時代が来るとは、決して思えない。絶対にそれはない。絶対に。

ケータイ不ケータイ

人口普及率が7割に達しようとしている携帯電話。私は、その3割の中の一人だ。
私は電話が嫌いである。相手の都合を省みず、電話はかかってくる。仕事をしているとき、映画を観ているとき、リラックスしているとき。電話をかけていいかという電話をかけろと言いたいほどだ。
そういう点でメールは便利だと思うが、返事が遅いと文句が来たりする。携帯電話は、まさに自分本位のツールである。
しかし、そろそろ私も考えなければならない時期になった。仕事で必要になるかもしれないのだ。今のところ金がないので決断には至らないが、年内には何らかの決断を余儀なくされるかもしれない。
私は電話が嫌いなのであって、メールやウェブ閲覧など情報収集ができる端末はほしいと思っている。時代がもう少し早く進んでくれば、ウェアラブルPCはかなり魅力的だが、現状ではPDAくらいしかない。
いっそのこと逆行して、肩掛け式なんかいいかもしれない。「マルサの女」に出てきたあれである。ともかく、どうせ持つなら誰も持ってないような、持てないようなケータイが欲しい。
そうなると、だいぶ前にガキの使いで松っちゃんが言っていた、「ケータイ頭に埋め込まれへんかな」というのがまんざらでもないような気がしてくる。ゆくゆくは、攻殻機動隊みたいになるのだろうか。
確か、シリーズ名はスタンドアローンコンプレックスだったが、スタンドアローンであることにコンプレックスはおろか、オフラインであることに快感を感じている私は、笑い男になれるだろうか。

ピアノマンミステリー

イギリスの海岸で、ある男性が警察に保護された。その男性はダークスーツにタイという出で立ちだったが、全身ずぶぬれで海岸をふらふらと歩いていたという。
病院に収容された男性は、全く言葉を話さず、記憶喪失のようであった。手がかりを掴もうと担当医が紙と鉛筆を渡したところ、彼はかなり詳細なピアノの絵とスウェーデン国旗を書いた。そこで彼をピアノの前へ連れていったところ、4時間に渡ってピアノを演奏し続けた。
しかし、それ以外全く手がかりはなく、以来彼はピアノマンと呼ばれている。というのがこのニュースの概要である。
三流ミステリーよりは面白い話だ。この男性の写真が公開されているが、背が高く結構男前である。タイムズオンラインによると、彼の上着のタグが全て切り取られていることについては、自閉症患者によくある処置だそうだ。病院での振舞いも、自閉症患者を思わせるようなものだし、ピアノがうまいというのも一芸に長ける特徴を現している。
もっと面白いのは、というより失笑してしまったが、ハリウッドの映画関係者がやってきているそうだ。結末次第で映画化もあり得るそうな。まあその貪欲さだけはさすがハリウッドと言っておこうか。
ともかく、彼が発見されてから一月以上経っているのに、まだ何の手がかりもない。こうやって極東にもそのニュースが届いているのだから、何かあってもよさそうなものだ。
ふと、私も意外な結末を期待していることに気づいた。ハリウッドのプロデューサーのように。
http://www.timesonline.co.uk/

けろちゃんず

050518
かえるを飼っている。アマガエルである。ちょうど二年ほど前、それまで飼っていた魚が死んでしまって水槽が空いたので、かえるでも飼ってみようかと思い立った。
ペットというのはどんなものでも飼うのは大変だが、かえるの一番大変な点は餌である。かえるは動くものでないと口にしない。つまり、生きている餌でなければならない。
だいたい週に一度、近所の川原でバッタや蝶を採ってきて餌にしている。魚を飼っていたときに使っていた小さな片手網を持って、いい大人が川原でせっせとバッタを捕まえているのだ。周りの目など気にしていては、かえるの生死に関わる。バッタを追う私の眼差しは、ハンターそのものであることに最近気づいた。
小さいころは口の大きさに合う餌の確保に苦労した。春先などはバッタも小さいのでよかったが、秋口になるとなかなか小さい虫がいない。川原を探していると、小さなコオロギがたくさんいるところを見つけた。1cm未満の小さなコオロギを数十匹単位で採ってきては与える。かえるの食欲は旺盛で、次の日にはすっかりなくなっていることも多かった。
世話の甲斐あって、秋が終わる頃にはだいぶ大きくなったが、これからが最大の難関である。冬眠だ。暖かくして冬眠せずに過ごさせることも考えたが、餌の確保がほぼ無理なので冬眠させることにした。
ケージの半分近くまで腐葉土と水を含ませた水ごけを入れて、大きな枯葉を敷き詰める。冬眠といっても土の中にもぐることは少なく、大概は枯葉の下や浅い土の下にいるそうだ。冬眠に成功して春を迎えることができて初めて、かえるの飼育に成功したと言える。けろちゃんず3匹、無事に冬を乗り越えてくれるだろうか。
12月くらいになると、もうほとんど餌らしい餌が採れなくなる。それに合わせて涼しくなればいいが、そうはいかない。餌のないままクリスマスが過ぎ、年が明けてもけろちゃんずは枯れ葉から出たり入ったりだ。ようやく1月半ばごろに、3匹とも姿が見えなくなった。
土の乾燥具合を見て、乾いていれば水分を補給する。かえるにとって、水分は必要不可欠である。冬場は空気が乾燥しているので姿が見えないとはいえ要注意である。
3月になるとぼちぼち顔を見せ始めるが、まだ餌がないのでここは我慢させる。桜が咲いて水が温むと、多少寒くてもケージの衣替えである。土を撤去し、ポトスの鉢植えを入れる。枯葉を残しておくと寒いときにはもぐっている。
春先の餌だが、4月でも気の早いバッタがたくさんいるのでたらふく食べさせる。ツユムシの類が豊富にいるので、もっぱらの主食である。夏は意外と餌に苦労する。暑さで活動を控えているせいだろうか、なかなか採れなかったりするのだ。基本的に生きていればなんでもいいので、そういうときは小さなシジミチョウやイトトンボなどで我慢してもらう。セセリチョウは、胴体も太くて羽も小さいので人気である。
さて、来年あたりそろそろ繁殖できそうな感じだが、もしそうなったら、子供たちはけろちゃんずを捕獲した場所に返そうと思っている。別に何のつもりもないが、毎日癒してくれるせめてものお礼としておこう(礼になってないか)。