MTJ #14

「ANGEL」氷室京介
ボウイ解散後、待望のソロデビューである。今活躍中の全てのヴィジュアル系に影響を与えた張本人。ビデオは場末のショーパブに出演している女装のダンサーの悲哀を描く。ビデオに本人が一切出ていないのは比較的珍しい。出てたかな。

「だいすき」岡村靖幸
沢田研二、大沢誉志幸と続くナルシストラインである。スカした感じに嫌悪感を覚える男子も多かったことだろうが、人気はそこそこあった。ビデオは、白バックに本人と女性だけのシンプルな映像に子供達のコーラスが被るので、本人の軟派なキャラが少し薄まる。元々がコンポーザーなので、楽曲提供やプロデューサーとしての活動も多い。しばらく表舞台から遠ざかっていたが、電グルの石野卓球とのコラボアルバムで復活、最近ソロも出して完全復活を遂げている。

「タンポポの微笑み」パール兄弟
しっとりと落ち着いた曲である。このビデオには後日談があって、大谷石という有名な石材の採石場でビデオ撮影とレコーディングまで行われたのだが、数ヶ月後にその採石場が崩落してしまったのだ。パール兄弟危うし、である。しかし、その甲斐あって、荘厳な雰囲気のサウンドに仕上がっている。

「ソウルサバイバーの逆襲」The Newest Model
ネオサイケとかいうムーブメントがあったように思う。ネオアコとかネオGSなんかも90年代にはあった。無国籍なサウンドイメージを持つこのバンドは、後にメスカリンドライブと合体してソウルフラワーユニオンというこれまた強烈な無国籍バンドに成長する。ビデオにちょっとネオサイケ的なイメージがあるね。本人はそんなもん関係ないんだろうけど。

大学院映像研究科映画専攻

という学科が、東京芸大に新設される。そこで、北野武監督が教授として招聘されるそうである。
このニュースを聴いて、ああたけしさんの授業なら受けてみたいなと思ったと同時に、大学院まで進んで勉強したところで、いい映画が撮れるとでも思っているのだろうかという疑問が沸いた。
そういう意味では、実は私も同類である。大学で映像を勉強したところで、いい映画が撮れるとは思っていない。しかし、大学で授業はもちろん、いろんなことを学んだのは事実である。映画を撮るためには、己の充実が最も必要なものだとわかったのも、大学へ行ったからこそである。
技術は教え、教わることができるが、芸術はそうはいかない。芸術は感じるものであって、決して人に伝えたり教えられるものではないのだ。
さて、大学院でたけし教授は何を教えてくれるのだろうか。確かこないだ、「オレは漫才師なんだけどな」という言葉を聞いたような気もするが。

2004M-1グランプリ決勝進出組決定

東京ダイナマイト(オフィス北野)
アンタッチャブル(人力舎)
タカアンドトシ(吉本興業 東京)
千鳥(吉本興業 大阪)
トータルテンボス(吉本興業 東京)
南海キャンディーズ(吉本興業 大阪)
POISON GIRL BAND(吉本興業 東京)
笑い飯(吉本興業 大阪)
以上の8組に加えて、当日の敗者復活で1組、合計9組での決勝となる。
楽しみにしているお笑いファンには申し訳ないが、今年は笑い飯で決まりである。対抗馬が全く存在しない今年は、ほぼ100%笑い飯がグランプリを獲るだろう。
ただ、MBS漫才アワードのように観客の点数を重視するような採点方法ならばあるいは、という可能性もなきにしもあらずである。笑い飯が上り調子なのは間違いないが、観客はかなりネタに慣れてきているので、当日の観客の沸きで採点を左右される審査員が出てくるかもしれない。
自己中40女のとばっちりで外れた紳介さんの影響で、審査員の点数も去年に比べれば予想しにくい。がしかし、どれだけマイナス要素があるにせよ、やはり笑い飯の牙城であることは間違いないだろう。
個人的には、南海キャンディーズの決勝進出は嬉しい。難しいとされる男女コンビで、着実に力をつけてきている。ネタにもっとドツキを入れて、カチッとした山ちゃんの風貌が崩れていくというパターンも取り入れてほしい。長らく絶えていた男女ドツキ漫才の復活を期待している。
決勝は、12月26日である。
http://www.m-1gp.com/

野田社長

巨乳タレント事務所イエローキャブの「元」社長である。経営上の理由で、先日社長を解任されたそうだ。ちょっとびっくりした。
会社というものは社長のものではない。株主のものである。つまり、一番偉いのは株主である。野球で監督が偉くないのと同じだ(違うか)。今回は、筆頭株主と野田社長が対立し、その結果として筆頭株主が「お前辞めろ」と言ったわけである。
私はあまり会社の仕組みや経済的なものに関して明るくないが、イエローキャブという会社は、野田社長ありきだと思うのである。巨乳タレントばっかり集めて、結局社長の趣味じゃねえか、と私も思っていたが、ある言葉を聴いて思い直した。
野田社長は、抱えている巨乳タレントに、だんだん服を着せていくという。つまり、最初は巨乳しか能のないタレントに、いろんなことを勉強させていって、タレントとしての芸の幅を広げていく、つまり、服を脱がなくてもいいような仕事を増やしていく、というのだ。
なるほど、この人は志のある人だなと。単なる巨乳好きのおっさんではないなと。そういう志のある社長を辞めさせた目先の利益をむさぼる筆頭株主だけが残ったイエローキャブの未来は、たぶん明るくないだろう。
がんばれ野田社長。ブログのタイトルだけどうにかしてくれ。
http://blog.excite.co.jp/noda

ウルティマオンライン

PCを買い替えるときに、せっかくだからというのもあったが、何かオンラインゲームでもやってみようと考えた。他にも選択肢はあったが、私は迷うことなくウルティマオンラインを選んだ。PCが配達されてくるというその日に買いに行った。
自由度の高いゲームは、日本人は苦手である。斯く言う私は、それを望みながらもいざプレイしてみると、何をしていいやら全くわからず、チュートリアルをこなした後はしばらく辺りをさまよっていた。ゲーム慣れしているとはいえ、ウルティマオンラインはやはり何か違うものがあった。
キャラを育てるのがRPGの王道である。ここはまず、性能のいい武器や防具を装備して、強い敵に立ち向かえるようにしなければならない。それには、お金がいる。無料プレイ期間が終わるまでにこのゲームの面白さを見つけねば、行動範囲の狭い初期段階でつまずくと、もう後が続かない。
心配は無用だった。CDやDVDの枠から出られないコンシューマゲームと違い、オンラインゲームはゲームの内容が常に進化していく。この世界にエンディングはないのだ。
小さな島から大陸へ渡ると、プレイヤーの店が立ち並んでいた。そうだ、家を買おう。当面の目標が決まった。私の目の前には、ブリタニアの広い世界が広がっていた。

MTJ #13

「Rose or Lose」The Willard
実は好きだったりする。この曲は、某映像コンテストに出品した作品にパクってタイトルにした。ウェスタン風の出で立ちにスライドギターが特徴的なバンド。そういえば、サウンドもどことなく西部チックだった。ピーメとサボテンが良く似合う。なんと、まだ現役で活動中!すげえ。
http://willard13th.com/prank-ster/

「Virgin Love」Blue Angel
鋲の付いたレザージャケットが思い浮かぶロックンロールなバンド。男三人に紅一点ヴォーカルというありがちなパターンだが、なんと、ここも現役で活動中。視聴してみたらすごくシンプルな音作りながらもビートの効いた熱いサウンドが流れてきました。ちょっとロカビリー方面に振ってるかな。しかしみんなすごいなー。
http://www.dsw-groovy.com/ba/

「Highschool Days」東京少年
大学時代の同級生の友達がメンバーだったが、メジャーデビュー時にお前ジャマやと外されたらしい。芸能界って怖いねえ。東京少年と名乗りつつ京都出身の笹野みちるは、政治家を母に持つ。透明感のあるヴォーカルと青春真っ最中な詩がよかった。後に同性愛者であることを告白、個人的にはああやっぱりって感じだった。

「Glorious Days」布袋寅泰
サポートギターに土屋昌己がいるだけでも凄いのに、ベースは松ちゃん、ドラムは池畑さん、キーボードはホッピー、パーカッションはスティーヴ衛藤と、当時のJ-POP少年ならヨダレに鼻血もののメンバーである。ボウイ解散後、巨人が動き出した。ビデオはタイレル制作。問題無し。

フライデー

初めてインベーダーゲームをやったのは、確か小学校4年生くらいだったと思う。どこかの小さいゲームセンターというか、空き部屋に筐体を置いただけのゲームコーナーみたいなところでやったと思う。初スコアは340点だった。
今の子供達以上に、僕達がゲームにはまったのは当然だった。家は繁華街にも近く、小学校5、6年生になるとゲームセンター通いをするようになった。
京都の繁華街、河原町通から少し入ったところに、フライデーというゲームセンターがあった。大きなゲームセンターで、筐体が4、50はあったと思う。よく杉山君と遊びに行ったのを覚えている。
インベーダーブームは過ぎ去ったが、巷にはいろんなゲームが溢れ始めていた。私が強烈に憶えているのが、トランキライザーガンとムーンクレスタである。
トランキライザーガンは、その名の通り麻酔銃でジャングルに潜む猛獣を狩って得点にする。ムーンクレスタは、いわゆるシューティングゲームで、合体要素が売りであった。レバーは十字、ボタンも一つしかない時代の話である。
ほとんど毎日のように通っていた気がする。普通なら、不良少年への第一歩だったかも知れないが、ただ純粋にゲームがやりたかっただけであって、その辺の分別はあった。手持ちの小遣いがなくなれば終わり。欲望に任せたなりふり構わない連中とは違う。
大人になってコンピュータが発達してくると、エミュレータというものの存在を知った。あの懐かしのゲームが、自宅のパソコンで遊べるのである。私は真っ先に、この二つのゲームをプレイした。今から比べれば、チープで単純なゲームだが、コンピュータゲームが持つ本質は何も変わっていない。
ほんの一瞬だけ、あのフライデーで過した空気が甦ったような気がした。