テレビでやってたのを観たのだが、まあさすがという感じである。
舞台をある特定の場所だけに限定して、その中で物語を展開させる演出方法を、グランドホテル形式という。
映画では珍しい部類に入るのだが、とどのつまりは舞台と同じなのである。大抵の舞台劇は、一つのセットで劇が進行する。「ラヂオの時間」は、グランドホテル形式で演出するぞとつくられたものではなく、舞台でかけるような物語を映画化したものだ。
三谷監督最新作「THE有頂天ホテル」では、1シーン1カットという暴挙にまで発展しているが、だったら舞台でやってくれよと思うのも無理はない。まあ、あれだけのキャストで公演を打てばチケットが3万くらいかかるだろう。
映画は舞台より手軽とは言わないが、作ってしまえばいつでもどこでも何度でも観られるというのは利点でもある。
大学で教わった言葉に、1スジ2ヌケ3役者というのがある。映画はまず第一に脚本(筋)、第二に映像(フィルムの抜けの意)、第三は役者の芝居である。
三谷作品の場合、ヌケには特筆すべき点はないが、スジと役者はほぼ満点に近いものがある。特に役者は舞台役者がずらりと揃っているので外れようがない。
素晴らしい脚本、信頼できる役者、これだけ揃って面白くないのなら、それは監督の責任だ。
私は基本的に、映画というのは監督の自慰であって、観客はその自慰に金を払って付き合わされている。それが嫌なら観なければいいだけの話だ。
しかし、これだけ楽しい映画をつくってくれる監督の自慰なら、一緒に楽しみたいと思う。いや、ヘンな意味じゃなくてね。