ウサン臭い三流タブロイド紙ゲンダイネット

以下、ゲンダイネットの記事。

島田紳助に漂うあざとさ (ゲンダイネット)
 やっぱりウサン臭く見えてしまう。芸能活動を再開したばかりの島田紳助(48)のことだ。
 島田は暴行事件を起こして謹慎していたが、年明け2日に電撃復帰。自身が司会を務める「行列のできる法律相談所」の正月特番に生出演して「これまでの人生にないくらい反省した」と謝罪し、レギュラー番組8本への復帰を宣言した。
 その直後の4日、肺小細胞がんで3日に死去した吉本興業・林裕章会長(享年62)の通夜に出席。家族だけの密葬だったにもかかわらず中田カウスと駆け付けて「こんな大事な時に何て重いもんを(会長の)心に持たせてしまったのか」と号泣した。
 そして、「会長には“最後に迷惑をかけて申し訳ありませんでした”とお詫びします。“今後は穏やかにちゃんとやりますのでご心配なく”と言ってきます」と手を合わせた。
 大恩人である林会長の死去を紳助が悲しんでいるのは間違いない。涙を流したのも本心からだろう。しかし、復帰への批判が多いのも事実で、印象を良くするための“演出”と勘繰るムキがあってもおかしくない。
「紳助の復帰はあまりにも唐突だった。本人が“このままでは忘れられてしまう”と焦って急いだのでしょう。あのタイミングが林会長の病状と無関係だったとも思えません。客観的に見れば、結果的に紳助が会長の死去を利用しているかのような印象もあります。“こんなに後悔している”ということをアピールするためのパフォーマンスという見方です。復帰宣言した時に紳助が“もっと(期間が)長い方がよかった”とか“自信がない”なんて漏らしていたのも、なるべく反感を買わずに復帰するための“方便”に見えたものですが……」(芸能評論家)
 紳助に対する周囲の“エール”も裏目に出ている。昨年夏の選挙で紳助が応援演説した尾立源幸参議院議員(41)は、復帰した紳助が新潟県中越地震の被災地へ慰問に行く計画があると発表。謹慎中の紳助と、亡くなった林会長の間に立っていた中田カウスも「(病床の)会長には“紳助を頼むぞ!”と言われました」と明かした。これらも一見、絶妙の“アシスト”のようだ。
 死者を悼む時はやはり黙して語らず、静かに見送るべきではないか。
【2005年1月7日掲載記事】

牛のうんこが「お前臭いぞ」と馬のうんこに文句言ってるのと同じだね。

喪中につき

初詣に行けない。別に行かないところでどうということはないが、初詣に行かないと、正月にすることがない。今年は体調もあまりよくないのでゆっくり休めるのは休めるが、あまりにだらだらし過ぎて、逆に体調がおかしくなりそうだ。
そういえば、祖父の没後一ヶ月は、宗教上肉類が食えなかった。いわゆる四足の生き物の肉が食えない。だから鶏肉は大丈夫だった。ちょうど吉野家の最後の牛丼と重なり、天を仰ぎながら内緒で食べたものだ。
一月肉が食えないのは、かなり辛い。私はそれほど敬虔な宗教信者でもないので、外出すればお構いなしに肉食していたが、よく考えてみれば肉中心の食生活であることに気づいた。
もうすぐ喪が明けるが、また何か制約でもあるのだろうか。

2004年

今年は災害が猛威を振るった一年であった。細い日本列島を軒並み狙い打ちした台風、改めて地震国であることを認識させられた中越地震、海外でもM9.0という超大型の地震が引き起こした津波で、8万人以上が犠牲になった。来年はあの阪神大震災から十年、いつか起こりうる我が身への災害について真剣に考えさせられた。
個人的には、近親者の死というものを体験した。一つ屋根の下で暮らしている家人の死を、初めて目の当たりにした。悲しいというより寂しい気持ちが大きかったのは自分でも不思議だった。
そして、新たな命も生まれた。まったく、赤ちゃんというのは実にうまくできている。周りにいる全ての人間がそれを守ろうする。子供が嫌いという人がいるが、それはたぶん遺伝子が傷ついているのだろう。人間はそういう風にできていないとおかしいのである。
さて、今年も思えば相変わらず冴えない一年だった。たぶんこのまま歳をとっていきそうな気がする。世の中、勝ちだ負けだとごたごたぬかしているが、そんな腐った世の中に浸っていると、まだまだ丸くなるわけにはいかないと思うのである。
来るべき新年に向けて、目標や抱負は何もないが、やはり健康だけは大事だと本当につくづく思う大晦日である。皆さんよいお年を。

医者へいった

突然体調が崩れてしまい、仕事納めのつもりが何も納めずに早退して帰ってきた。だんだん寒くなってきて、朝はなかなか起きづらいが、その日は特別起きづらかった。そして、全く食欲がないのに気づく。おかしいなと思いつつ出かけるが、仕事場に着いた頃にはもう体がだるくてしょうがなかった。
正月休みを棒に振るのもなんなので早退させてもらったが、その日はまったく動けず、ずっと横になったままだった。熱はあり、体はだるいが、咳も出ないし痛いところはどこもない。せっかくのガキSPも夢うつつで覚えてない。
次の日、近所の医者へ行った。かかりつけのお医者さんである。それこそ私が生まれたときからずっとお世話になっているお医者さんである。
診察室へ入っての挨拶は、「ごぶさた」である。カゼくらいでは来ないので、来るときは相当悪いときである。ちなみに前回は水疱瘡であった。たぶん私のカルテには、病歴がずらっと書かれているのだろう。お医者さんは、どこか懐かしそうに見つめながら、「大きなったなあ」と言った。ま、無駄に大きくなっただけなのだが。
注射も久しぶりにうった気がする。私の静脈は細いらしく、かなり注射しづらそうだった。病は気からというが、注射をしてもらうとこれで治るぞという気がするから不思議である。
食欲はまだ戻っていないが、こうやってオールザッツ漫才を見ながら記事を書くまでに回復した。このブログも休もうと思ったが、例え駄文でも毎日書かなければ意味がないと思っている。
年末年始は全国的に寒くなるようなので、皆さんも体調管理にはお気をつけのほどを。

ゲンダイネットという三流タブロイド紙のウェブサイト

以下はインフォシークのニュース記事から。

ギョーカイが注目する来年4月の仰天バラエティー (ゲンダイネット)
 いまテレビ関係者が2人寄れば必ず話題になる新番組がある。来年4月からフジテレビが放送する「さんま・くりぃむしちゅーの見てカルチョ」(仮題)だ。
 どこの局もキャスティングできなかった明石家さんまとくりぃむしちゅーが出演するクイズバラエティーである。
「司会はくりぃむが務め、さんまは他のゲストとともにパネリスト席に座る。内容は当日のギャラを賭けてクイズに答える。1回目は特番として、来年正月に放送される」(フジ関係者)
 盛り上がるフジテレビに対して、苦虫をかみ潰しているのが日テレだ。実はこの秋から始まった「世界一受けたい授業」(土曜20時~)で、日テレは同じキャスティングを計画していた。
「ところが、さんまがくりぃむの一人、上田晋也のウンチク芸を快く思っていなかったのです。“芸人は笑いで勝負すべし”がさんまの持論で、計画が実現しなかった」(制作会社幹部)
 そんなさんまをフジテレビは「奥の手」で口説き落とした。ワンクールのギャラが8000万円というドラマ並みの待遇で「ウン」と言わせたといわれている。
 それはともかく、このキャスティングに一番ホクホクなのはくりぃむしちゅーだろう。一時は「秋の改編の台風の目」などともいわれたが、前出の「世界一――」がボロボロだったのだ。
「裏番組の『めちゃイケ』に食われて、来年4月の打ち切りもささやかれていたのです。そのため、くりぃむも生き残りを懸けてフジテレビにシフトしたがっていた。さんまとの共演は2人にとって“渡りに船”です」
 今回の結婚・入籍も上田が最初に報告したのはフジテレビのプロデューサーだったという。さすが、下積みが長かっただけにくりぃむの処世術は巧みだ。
【2004年12月15日掲載記事】

さんま師匠とくりぃむしちゅーは、関西ローカルの「痛快!明石家電視台」で、一年ほど前から競演している。くりぃむしちゅーは、番組後半のクイズのパネリストとして、月に2、3度セミレギュラーとして出演している。
上田のウンチクは、この番組内でも好評で、クイズの問題もそういう解答ができるように設定してあるほどだ。
自分の手の届く範囲でしか情報を得ようとせず、リサーチが不足したままこういう記事を書いてのけるという姿勢は、やはり三流タブロイド紙ならではである。
しかし返して言えば、同じような感覚でブログの記事やコメントを書いてしまう我々一般素人にも、これはあてはまるのだ。それらの記事は、インターネットの世界で不特定多数の目に晒され、アーカイブとして永遠にネットの中を漂う。
私は気をつけているつもりだが、不足な点があればご指摘いただきたい。

先日、あわや台風が上陸しそうな勢いだった。12月である。上陸はなかったが、その台風崩れの低気圧の影響で、首都圏では夏日を記録した。12月である。もうすぐクリスマスである。確か日本は北半球にあったはずなのだが。今年は半袖のサンタが見られそうだ。
ここしばらく、寝入りばなに蚊に襲われる。電気を消して布団に潜り込むと、程なくして耳元をあの嫌な音がかすめる。大の大人が蚊一匹に寝不足である。
この12月に蚊?と異常気象のせいにしそうだが、実はこの晩秋から初冬にかけて、毎年蚊のうるさい時期である。
守口で独り暮らしをしていたときも、この時期になると蚊に悩まされていた。電気を消すとやってくる。電気を消さないとこない。布団に入ったままでも、明るい間はやってこない。暗くなると、寝よった寝よったとばかりに布団から出ている頭の方へやってくる。
そこで電気をつけて蚊を探すと、大概天井やベッドの枕元の板にいるので、うちわで叩き殺す。だが安心してはいけない。電気を消すと後続部隊がやってくるのだ。やつらはなぜか集団では襲ってこない。次お前行け、と言わんばかりに交代でやってくる。ひどいときは、次から次へ5、6匹やってくるのだ。そういうのは守口だけかなと思っていたら、実家も同じだった。
夏、クーラーで部屋は閉め切られている。屋外も暑いので、蚊の活動は鈍る。涼しくなって、窓を開けるころから活動を再開し、この時期、寒くなる屋外から暖かい家の中へ活動拠点を移す。あとは家人に殺されるまで部屋の中でぶんぶん飛び回る。
しかも、ちゃんと血を吸いにくるからなお始末に困る。布団を被って頭だけしか出していないので、この間は瞼を食われたらしく目がお岩さんみたいになってしまった。指先を食われると異常にかゆくなるのも困りものである。
うちは小鳥がいるので、殺虫剤の類いは使えない。もっとも、蚊や害虫は己の手で叩き殺した方がストレス発散にもいい。今日の夜も、うちわ片手に部屋の隅を睨み続ける私がいるだろう。
余談だが、私が何気なく蚊を殺すのに使っているうちわ、もともとは蚊を追い払う道具でもあったそうだ。飛んでいるところを叩き落とすと失神するのでそこをティッシュで摘んで捻り潰すがよろし。