ゲンダイネットという三流タブロイド紙のウェブサイト

以下はインフォシークのニュース記事から。

ギョーカイが注目する来年4月の仰天バラエティー (ゲンダイネット)
 いまテレビ関係者が2人寄れば必ず話題になる新番組がある。来年4月からフジテレビが放送する「さんま・くりぃむしちゅーの見てカルチョ」(仮題)だ。
 どこの局もキャスティングできなかった明石家さんまとくりぃむしちゅーが出演するクイズバラエティーである。
「司会はくりぃむが務め、さんまは他のゲストとともにパネリスト席に座る。内容は当日のギャラを賭けてクイズに答える。1回目は特番として、来年正月に放送される」(フジ関係者)
 盛り上がるフジテレビに対して、苦虫をかみ潰しているのが日テレだ。実はこの秋から始まった「世界一受けたい授業」(土曜20時~)で、日テレは同じキャスティングを計画していた。
「ところが、さんまがくりぃむの一人、上田晋也のウンチク芸を快く思っていなかったのです。“芸人は笑いで勝負すべし”がさんまの持論で、計画が実現しなかった」(制作会社幹部)
 そんなさんまをフジテレビは「奥の手」で口説き落とした。ワンクールのギャラが8000万円というドラマ並みの待遇で「ウン」と言わせたといわれている。
 それはともかく、このキャスティングに一番ホクホクなのはくりぃむしちゅーだろう。一時は「秋の改編の台風の目」などともいわれたが、前出の「世界一――」がボロボロだったのだ。
「裏番組の『めちゃイケ』に食われて、来年4月の打ち切りもささやかれていたのです。そのため、くりぃむも生き残りを懸けてフジテレビにシフトしたがっていた。さんまとの共演は2人にとって“渡りに船”です」
 今回の結婚・入籍も上田が最初に報告したのはフジテレビのプロデューサーだったという。さすが、下積みが長かっただけにくりぃむの処世術は巧みだ。
【2004年12月15日掲載記事】

さんま師匠とくりぃむしちゅーは、関西ローカルの「痛快!明石家電視台」で、一年ほど前から競演している。くりぃむしちゅーは、番組後半のクイズのパネリストとして、月に2、3度セミレギュラーとして出演している。
上田のウンチクは、この番組内でも好評で、クイズの問題もそういう解答ができるように設定してあるほどだ。
自分の手の届く範囲でしか情報を得ようとせず、リサーチが不足したままこういう記事を書いてのけるという姿勢は、やはり三流タブロイド紙ならではである。
しかし返して言えば、同じような感覚でブログの記事やコメントを書いてしまう我々一般素人にも、これはあてはまるのだ。それらの記事は、インターネットの世界で不特定多数の目に晒され、アーカイブとして永遠にネットの中を漂う。
私は気をつけているつもりだが、不足な点があればご指摘いただきたい。

先日、あわや台風が上陸しそうな勢いだった。12月である。上陸はなかったが、その台風崩れの低気圧の影響で、首都圏では夏日を記録した。12月である。もうすぐクリスマスである。確か日本は北半球にあったはずなのだが。今年は半袖のサンタが見られそうだ。
ここしばらく、寝入りばなに蚊に襲われる。電気を消して布団に潜り込むと、程なくして耳元をあの嫌な音がかすめる。大の大人が蚊一匹に寝不足である。
この12月に蚊?と異常気象のせいにしそうだが、実はこの晩秋から初冬にかけて、毎年蚊のうるさい時期である。
守口で独り暮らしをしていたときも、この時期になると蚊に悩まされていた。電気を消すとやってくる。電気を消さないとこない。布団に入ったままでも、明るい間はやってこない。暗くなると、寝よった寝よったとばかりに布団から出ている頭の方へやってくる。
そこで電気をつけて蚊を探すと、大概天井やベッドの枕元の板にいるので、うちわで叩き殺す。だが安心してはいけない。電気を消すと後続部隊がやってくるのだ。やつらはなぜか集団では襲ってこない。次お前行け、と言わんばかりに交代でやってくる。ひどいときは、次から次へ5、6匹やってくるのだ。そういうのは守口だけかなと思っていたら、実家も同じだった。
夏、クーラーで部屋は閉め切られている。屋外も暑いので、蚊の活動は鈍る。涼しくなって、窓を開けるころから活動を再開し、この時期、寒くなる屋外から暖かい家の中へ活動拠点を移す。あとは家人に殺されるまで部屋の中でぶんぶん飛び回る。
しかも、ちゃんと血を吸いにくるからなお始末に困る。布団を被って頭だけしか出していないので、この間は瞼を食われたらしく目がお岩さんみたいになってしまった。指先を食われると異常にかゆくなるのも困りものである。
うちは小鳥がいるので、殺虫剤の類いは使えない。もっとも、蚊や害虫は己の手で叩き殺した方がストレス発散にもいい。今日の夜も、うちわ片手に部屋の隅を睨み続ける私がいるだろう。
余談だが、私が何気なく蚊を殺すのに使っているうちわ、もともとは蚊を追い払う道具でもあったそうだ。飛んでいるところを叩き落とすと失神するのでそこをティッシュで摘んで捻り潰すがよろし。

火事

23日午後5時半ごろ、私の家の前を消防車がサイレンを鳴らして通り過ぎ、すぐに停まった。そこには消火栓があるので、近所が火事に違いないと、私はPCの電源を落として窓を開けて辺りを見回した。
煙らしきものは見当たらないので外に出てみると、家の近くに停まった消防車から、北へホースが伸ばされていた。相変わらず煙や炎は見えない。町内から一斉に人が飛び出し、心配そうに様子を窺う。
どうやら台所からのボヤらしく、通行人が発見して消火しながら119番に電話したそうだ。おかげで大事には至らず、無事夕食の時間となった。
これから寒い季節になる。ストーブなどの暖房器具を使う機会も多くなる。皆さんもくれぐれも火事には注意していただきたい。

芸能マネージャーは大変だ

どんな仕事も大変だが、芸能マネージャーも大変な仕事である。
タレントのスケジュール管理はもとより、タレントがスムーズに仕事ができるようにあらゆる点に気を配らなければならない。プロデューサーに頭を下げ、ディレクターに頭を下げ、フロアで頭を下げ、サブで頭を下げ、タレントを番組で使ってもらうように挨拶は欠かせない。
時には、タレントと事務所の間に立って、タレントの愚痴をなだめることもある。タレントのメンタルケアも任されているのだ。
タレントがテレビ局やスタジオで仕事をしているときは、カメラの後ろで見ながら、ときには目配せで合図したり、いろいろとフォローしなければならない。
どんなに仕事が辛くても、本番中にタレントほったらかしでロビーにコーヒーを飲みにいって、初めて顔を合わせた同じ事務所の先輩タレントに名刺も出さず礼儀もわきまえず馴れ馴れしく話しかけて、挙句の果てにその先輩タレントをキレさせてぼこぼこに殴られて、警察へ被害届出してその先輩タレントを告訴して事務所に大損害を与えた上に、まだその事務所で働こうという自己中心的な考えを押し切るようなことは、あってはならない。
え、あったの?あらま。

バックナンバーズ・神よ

大阪のホテルで仕事をしていたときだった。キリスト教挙式場の裏手にあるビデオ室には、カメラオペレーターの私と二人の牧師がいた。若い牧師が、といっても私の父より少し若いくらいだが、カゼで調子が悪いと年配の牧師に話し掛けた。するとどうだろう、その年配の牧師は若い牧師に向かって手を翳して祈り始めたではないか。私はなぜか見て見ぬふりをしてヘッドフォンを掛けた。
結論から言えば、この世に神など存在しない。これは厳然たる事実である。神の教えと呼ばれるものも、人々が共存して生活していくために不可欠なモラルに過ぎない。それを人々に広めるため、時の文明は神という高次な存在を創り上げ、あたかもそこからの教えというようにそのモラルを広めていったのだ。
先の牧師のカゼが治ったとして、それは彼の身体の中でウイルスが退治されたことによるものであって、決して神が治したものではない。だが彼は、そうは思わないだろう。彼は神の存在を信じているからだ。
信仰は自由である。しかし、人間はいつまでいるはずのない神の存在を信じ続けるのだろうか。金儲けの新興宗教に騙され、何百何千万という金を取られた人もいる。私は同情などしない。神の存在を信じたお前がバカなのだと。
かくいう私が神に代わって感謝するのは、この地球上の生命である。それは食事のときであり、仕事であり、日々の生活に大きく関わっているこれらの生命達の存在を無視するわけにはいかない。現代は、それがあまりにもないがしろにされ過ぎている。平気で人を殺し、物を粗末にし、破壊する。
神を頼っている限り、人類に未来はない。誰からも教えられることなく、自分で考えて行動することこそが、未来に生き残る生命体に課せられた命題である。新しいミレニアムに、希望の光を信じて。
(みかつう99年12月号)

迷い道くねくね

週末は神戸で仕事をしている。時間が不規則なので、午前中で終わるときもあれば、昼休みが4時間、なんて日もある。そんな日は、神戸の見知らぬ道をてくてく歩く。それは、陽光眩しいある春の日の出来事であった。
行き先を新開地としたのに別段理由はなかったが、神戸で仕事をするようになってから、ハーバーランドより西は行ったことがなかった。同僚に近道を教えてもらい、一路新開地へと向かった。
十分も歩かぬうちに、大阪の新世界のような佇まいを見せる街に辿り着いた。見知らぬ街を知るには商店街を歩くべし。私はアーケード沿いに歩いた。寿司飯の酸い匂いが漂う。この辺りも震災でやられたのであろう、真新しい構えの店や空き地が目立つ。
アーケードを抜けると、公園に出た。この湊川公園は、一部が大きな通りをまたいで高架状になっており、非常に興味深いロケーションである。公園を横切って、何気なく北へ進むと、またアーケードが見えた。東山商店街は道幅が狭く、両並びの店がひしめきあっていた。
明石直送のエビは白い発泡スチロールケースの中で跳ね、シャコは篭に山盛りにされている。カニや旬の魚も並び、大阪や京都の商店街とは違って、ここが海に近いことを知らしめてくれる。一パック150円のいなり寿司に目を奪われながら、東山商店街を抜けると、ものものしい工事フェンスが目に飛び込んだ。
そう、ここがあの悪名高き新湊川である。相次ぐ二度の氾濫で付近住民に甚大な被害をもたらしたあの川である。ほとんど流れのない河面を覗きこんだが、道路までは4、5mはあるだろうか、かなり深い。これが溢れるのだから相当な流量である。六甲の山肌が次第に迫り、私は進路を変えた。
事前に何も調べていないのだから、漠然と方角がわかる程度で地理的情報は全く持っていない。気がつくと、南下して公園の東側にいた。このまま南下すれば、地下街のある通りから帰路に着ける。私は、「柳筋」と書かれたアーチのある通りに入った。その先に待ち受ける驚愕の事実も知らずに。
通りに入ってすぐ、私は一人の中年男性に声を掛けられた。
「おにいさん、どうですか?」
客引きである。もちろんその気はないので愛想笑いで断った。更に進んでいくと、
「にいちゃん、安うしとくで」
また客引きである。手を振って断る。何事かとふと周りをよく見渡すと、そこはソープランドやファッションヘルスがひしめいている。
「げっ、ま、まさか・・・」
私は、あろうことが歓楽街に迷い込んでしまったのだ。通りの両側は全て風俗店、更に私の行く手には数人の客引きが待ち構えているではないか。脇道へ入ろうと目をやると、ますますヤバイ店が軒を連ねている。
「マ、マジかよ・・・」
マジである。私の目深に被った帽子など、いかにもという感じがぷんぷんである。それが目的で来たのならいざ知らず、私はただの迷い人である。仕方なく、私はその柳筋を突っ切る覚悟を決めた。
客引きは、次々とまるでRPGのモンスターのように私の行く手を阻む。この通りを歩いてくる人間に声をかけるのは彼らとしては当然である。だが私にそのつもりは毛頭ないので、頭ごなしに断るしかない。だんだん申し訳ないような気がしてきた。
余計な冷汗をたっぷりとかきながら、私はようやく歓楽街を通り抜け、地下街へ続く通りへ出た。ばつが悪いとはまさにこのことである。私は逃げるように地下へと消えた。

きみのためなら死ねる

確かに、私は24時間ネットの中にいるが、まだまだ知らないことはたくさんある。この記事のタイトルが、まさかゲームのタイトルであるとは信じられない人もいるだろう。
既出のまいやひーFLASHのページで、また奇妙なFLASHを見つけた。絵はさておき、どうにも耳に引っ掛かる音楽である。それは、ゲームの公式サイトで流れているものだった。
早速訪ねてみると、「きみのためなら死ねる」というセガのNintendoDS用ゲームソフトの公式ページだった。一枚で、他に何もリンクがない。と思ったら、隠しリンクが散りばめられていた。どうも恋愛ゲームのようだが、今までのよりH度がかなり高いようだ。とはいえ、乳首がリアルに出てくるようなものではない(当たり前じゃ)。
NintendoDSの特長であるタッチパネル機能をフルに使って、例えば画面に出てくる女の子を触るとかつつくとか、そういうアクションができるらしい。やっぱりかなりH度は高い。モロだの中だのストレートな表現が多い昨今、そういう暗喩なエロはなかなかお目にかかれない。
かつて旧みかつうで、ドリームキャストの不振にあえいでいるセガはハードをやめてソフトハウスに徹しろという記事を書いたことがあるが(残ってたら紹介したい)、私の意見は当たっていたようだ。任天堂でこのようなソフトが出るのも、やはり山内という呪縛が解けたからである。あとは、青少年なんとか委員会みたいなところが、このゲームにチャチャを入れないように警戒しておきたい。
このゲームは恐らく、NintendoDSのキラーソフトになるだろう。実際のところ、やってみたいのは正直なところだ。
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