ので原稿のストックもままならんわけだこれが。
妹が出産準備やらなんやらでずっといる。甥っ子もいる。だんだん言葉を覚え始めて、めちゃめちゃかわいい。結婚して子供がいる人の気分が少しわかる。
子育ては大変だ。今日もいやーな事件があった。子育ては親だけではできない。周りの人々の助けが必要だ。犯人に同情したいところだが、二人も殺してはそうもいかない。極刑やむなしだろう。
さて、時効警察観て寝るか。
カテゴリー: 雑記
神戸
小学校5年生の春の遠足で、初めて神戸に行った。花隈で降りて、花隈公園で整列して、船で神戸港めぐりをした。弁当はどこで食ったっけな。二十年以上前なのであまり憶えていない。
遠足が終わってしばらくして、クラスの女の子が髪をばっさりショートカットにした。遠足の集合写真には、まだ髪を切る前のその子が写っている。あれ、こんなかわいい子いたっけ?
私が公式に初恋相手としている高瀬京子さんがその人だ。ググっても何も出てこないぞ、と思ったら風俗嬢に同じ名前が。いやあああっ。
彼女は未だにトラウマで、といっても本人がどうこうではなく、髪型を変える女性に意味もなく惚れたり、ジーン・セバーグやシャーリー・マクレーン、ジュリエット・ビノシュといったショートカットの女性を好きになったりするわけだ。
そんなこんなで、遠足で初めて行った神戸という街も、私のトラウマとなった。
次に神戸に行くのは、なんと大学に入ってからである。京都からは近くて遠いのが神戸だ。友人の車に乗って、六甲や元町を巡った。授業で制作する映画のロケも無理矢理須磨でやった。本を書いたのはもちろん私だ。
就職に失敗し、卒業後はバイトをそのまま続けた。まだバブルだったので、収入はよかった。しかし、泡は弾けた。仕事が目に見えて減っていく。
そんな時、神戸で仕事をすることになった。わざわざ大阪で独り暮らしを始めたのに、わずか一年で交通費の掛かる神戸に職場が移った。
京都で生まれ、大阪に住み、神戸で働く。まさに京阪神をまたにかける男であった。なんちて。
なんとなく憧れを抱き続けた神戸で仕事ができるということは、確かに嬉しかった。海も近い。遠足で行ったところもすぐそこだ。
収入が減り、独り暮らしができなくなって京都の実家に戻っても、神戸での仕事は続いた。毎回ちょっとしたお出かけ気分だ。
そして去年、その神戸での仕事を失うという危機に陥った。十年以上もの間、通い続けた神戸にもう来れなくなる。数々の出会いや別れ。恋もあった。震災もあった。できれば神戸で仕事がしたい。
普段ギャンブルをやらないと、こういうときに強運が巡ってくる。私は新しい神戸の仕事を手に入れたのだ。周りの人々は訝る。なぜ京都からわざわざ、と。すると私は答える。
神戸が好きだから。
そして、そんな神戸で、新しい仕事がもう一つ増える。あ、こんな奴ですが一つよろしくお願いします。
↓こんな子とかね
姉歯特需
うちの父は大工である。定年をとっくに超えているが元気で働いている。そんなおとんが今週から東京へ出稼ぎというか、単身赴任みたいなことになった。
あまり詳しいことは聞いてないが、例の耐震偽装問題で完成を急ぐ建物がたくさんあるらしくマンションの人気が下降、今まで売れ残っていた一戸建ての仕上げが急務となり、人手が足りないみたいなのだ。
私が生まれて今まで、こうやって地元を離れて泊り込みで仕事をするようなことはなかったように思う。
最近では非姉歯と言われる他の偽装問題も出てきている。たぶんこれからどんどん出てくるだろうが、うちの父の仕事はしっかりしている。もとい、現場レベルではちゃんと仕事をしている。問題があるのは上のほうだ。
上に行くほど腐っていく日本の社会構造こそ何とかしなければ、問題の根本的な解決にはならないのだろう。
お年玉付き年賀ハガキ
パソコン中心の生活になって、手紙やハガキの類はほとんどというか、一切出さなくなった。何かを送るときはもちろん郵便を使うが、近況報告はやはりメールだ。
年賀状も喪中になったのを切っ掛けに後出しさえしなくなった。毎年頂いている方には申し訳ない。そのうち全く来なくなるんだろう。
毎年、Sさんという方から年賀状を頂く。Sさんには誠に申し訳ないが、それほど親密な間柄でもないので全然出していない。にもかかわらず、十年以上ずっと頂いているのだ。今年も来た。もちろんこっちは出していない。
当選番号の発表があって、どうせ当たらないだろうと思いつつも一応確かめてみると、なんと3等が当たっていた。毎年4等くらいは当たるが、今年は家族全員合わせても当たりはこの3等だけである。
3等は、地域の特産品小包だ。郵便局でパンフレットみたいなのをもらってきて、うまそうな牛肉を選んで申し込む。ふと、年賀ハガキを見ると、それはSさんからの年賀状だった。
ありがとう、Sさん。肉はすき焼きにして食ったよ。来年も年賀状ちょうだいね。
ウインドブレーカーのにいちゃん
よく指をぽきぽき鳴らす人がいるが、私は手首がよく鳴る。ずっと鳴らせるくらいぽきぽき言う。たぶんマウスやキーボードを使うせいだろうが、ひどいときには折れるんじゃないかと思うくらいボキッと鳴ったりする。
それと最近、股関節に違和感を感じることがある。動かした拍子にぐきっとなってすっきりするのだが、そのすっきりさせ具合が今ひとつわからない。
先日、仕事場でエレベータに乗った。またなんとなく股関節に違和感があったので上半身を折り曲げたりして押さえていると、「どうしたんですか?」と乗り合わせたにいちゃんが声をかけてきた。
私はちょっと驚いて「いや、あのー、股関節がちょっと」とやや人見知り気味に答えると、そのにいちゃんは「こうするといいですよ」と腿を上げて片足立ちになって、その上げた腿をぐるぐる回し始めた。
私もそれに倣って足を上げてぐるぐる回した。「あ、外に回したほうがいいかな」と外に回したとき、ぐきっと関節が鳴った。
「おー」股関節の違和感はとれ、すっきりした。「ありがとうございますー」ちょうどエレベータが一階に着いた。「じゃ、お疲れ様でした」ウインドブレーカーのにいちゃんは、爽やかな笑顔で去っていった。
ありがとう、ウインドブレーカーのにいちゃん。君のお陰で、毎朝片腿上げてぐるぐる回してすっきりしてるよ。
PiTaPaでICOCA
実はまだ一度も使っていないPiTaPaカードだったりするが、21日にJR西日本エリアでも使えることになったので、JRに乗ってみようとした。
しかし、チャージのしかたが今ひとつわからず、結局現金で切符を買って帰ってきた。やはり予習をしないときついようだ。
PiTaPaでJR区間を乗り降りするには、ポストペイではなくICOCAのようにチャージが必要だ。自動販売機でチャージできるのだが、オートチャージという方法もある。これは、自動改札を通ったときに自動的に一定金額をチャージするというものだ。
申し込みのときに記入欄があるのだが、そんなことは知らないのでたぶんオートチャージしないにチェックしていたのだろう。これを変更するには駅へ行かなければならないので行ってきた。
ターミナル駅の案内所へ行ってその旨を伝える。目のパッチリした背の低い女性駅員さんだ。カウンター越しに首から下は見えないほど小柄な子だ。
カードを渡すと、申込書みたいな紙を渡され、会員番号と氏名と日付を書く。こんな生活をしていると今が平成何年とか今日が何日とかすぐに出てこないので、思わず聞いてしまった。
書き終わった用紙とカードを持って、駅員ちゃんがノートブックにデータを打ち込んでいる。下に機械があったので、たぶん端末だろう。ウインドウズの間の抜けたビープ音が何回か聞こえてきた。おいおい、データ拒否されてるんちゃうんかいな。
一応身分証持参の上となっているのだが、電話番号の下4桁でOKだった。持っていったのに。
しばらくすると、設定完了ということで、カードとオートチャージについての説明の紙をもらった。これで現金を一切持たなくても電車に乗れるぞ。
よく見たら南方系っぽい感じの駅員ちゃんに礼を言って出た。やっぱりちっちゃな子はいいねって何の話だっけな。
塩湯廃業
我が家は狭いので風呂がない。故に銭湯である。この辺は、京都の繁華街に近い割に古い小さい家が密集していて、半径100mに3つも銭湯があったりする。今日、そのうちの一つが廃業した。
いつも行っている銭湯ではなく、その銭湯が休みのときに行くところだが、小さいころからずっと通っている銭湯には違いない。
水曜日、いつも行っている銭湯は営業しているが、さすがに最後なので入りに行った。
銭湯へ行くということは、私にとって何ら特別なことではない。みなさんが家で風呂に入るように、私も銭湯へ行く。ごく普通で当たり前のことだ。
湯船に浸かり、身体を洗う。このお風呂屋さんはお湯が熱い。が、冬場はよく温まる。京都は今日も寒かった。
近所のおっちゃんが入ってきて、挨拶をする。「散髪したんか?」私はえへへと笑う。
脱衣場で濡れた身体を拭き、服を着る。「今日来てくれたんやね」番台のおばちゃんが声をかけてくれた。
脱衣かごを片付けて、洗面器を持って、ゴム草履を履く。「すんませんね、ありがとう」
私は、こみ上げるものをこらえて暖簾をくぐった。今日で、この銭湯は廃業になる。来週から、ちょっとだけ遠い銭湯に行くことになる。
潤んだ目に、冷たい西風が凍みた。