右見て左見て、も一回右見て

こないだ、婦人警官が新一年生の悪ガキどもを引率している光景を見ていてふと思った。
道路を渡るとき、「右見て左見て」とか教わったと思うが、その先頭にいた悪ガキは、お巡りさんがそう言うと、首を機械的にぐるんぐるんとふざけて振った。
そこで思ったのだが、右や左を見ろと教えるのではなく、車が来ていないかどうかを見ろと教えたほうがいいのではないだろうか。
なんかで聞いた話だが、スペインかどっかでは、信号を守る人はなく、みんな車が来てないか見て渡るらしい。
交通量が少ないところはそれもありだし、信号を盲目的に守るより、そのほうがむしろ安全なのではないだろうか。
もし信号を信じて渡ったとしても、車が信号無視をしていたら元も子もない。例え目の前の信号が青でも、車が来ていないか確実に確認する必要がある。
千代田の女子高生も、電車に身体をすり潰されて死ぬこともなかったろうに。まだ線路を渡る勇気があるんかな、あいつら。

音羽の滝

といっても清水寺のではない。修学院離宮近くの音羽川にある滝だ。

ま、愛想のないコンクリ滝で、穴からじゃーっと流れているだけだが、落差が10m近くあるのでそれなりの迫力はある。
もっと迫力があるのが、ここから更に上流へ行くための階段だ。

高所が苦手な私は、さすがにこれは登れなかった。いや、登れるかもしれないが、降りることはできないと思う。
他に迂回路はなさそうなので、先へ行くにはこれを登るしかない。
この先に宝でもあるなら、登りもするが。

ローソンストア100

背に腹は代えられんというか、お金がないのでしょうがないが、最近のおやつの買い物はもっぱらローソンストア100だ。
私のような人間が多いのか、軒並み店舗が拡大していっているような気がする。
前から店はあったが、そんなに行く機会はなかった。おねいさんのこともあるし。
切っ掛けは、きなこだ。きなこにはまってから、ちょくちょく行くようになり、おかげでおねいさんのコンビニは4ヶ月ほどごぶさただ(まだいるかな)。
和菓子のラインナップが異常に多いのも魅力だ。だんごや大福はいわずもがな、わらびもちは2つで105円だし、私はもっぱら5個入りの草もちがお気に入りだ。
最近見かけないが、5本100円のみたらしだんごもあった。味はまあまあだが、5本も食べるとお腹一杯である。
以前紹介したマコロンもあるし、野菜100%ジュースなんかも105円で売っている。
冬場はチョコレートでお世話になった。ミルクやビターなど5種類くらいあって、もちろん105円だ。これから暑くなると、白くまアイスのバーなんかが売ってるので買うんだろうな。
他のコンビニみたいに電子マネーが使えないのが最大の弱点かもしれないが、それを補って余りあるほど、魅力的なのは間違いない。

けろちゃんず起こし

放っておいたら来年まで寝てそうなので起こしたった。
まだちょっと肌寒いが、最低気温も2桁キープしていることだし。
早速餌を捕りに行ったら、鴨川は川浚えできれいさっぱり。餌場がすっかりなくなっていた。
それでもなんとか10匹ほど捕まえたが、今年は餌の確保に苦労しそうだ。

中国のパクリ心理

上海万博は5月1日の開催だそうだ。たぶんというか、絶対行くこともないし、興味もない。
中国人のマナーの悪さは今に始まったことではない。誰かがしつこく教えることでそれは改善できるということは、日本が証明している。我が国も昔はそうだったのだ。
ただ、このパクリ心理というか、知的所有権に対する意識の希薄さというのは、どうにもしがたいところがある。
そもそも、彼らにはパクっているという意識がない。いいものを取り込んで真似をする、いわばリスペクトのようなものだ。
誰もいきなり完璧なものはつくれない。最初は模倣から始まる。そして、自分なりのオリジナリティを出していく。
中国は、発展途上であるということを忘れてはいけない。まだまだ子供の国で、これから大きくなる国なのだ。
だからこそ、隣国の大人である我が国が、子供である彼らにいろいろと教えてやるべきなのである。
大きな心で、しかし時には毅然たる態度で、隣国の発展を見守ろうではないか。
ときには力で抑えることも大切なのだが。。。ねえ

道徳の時間

大阪から京都へ向かう特急車内にて。
朝早かったので、京都までゆっくり寝たかった。シートに深く腰をかけて、カーテンを閉めて目を閉じると、車内に声が響きだした。
ほとんど何言ってるかわからない、意味不明の単語を繰り返して大声で喋っている。ちょっと知能の発達が遅い人のようだ。
車両中に響くかなり大きな声だ。で、ずっと喋っている。喋っているというか、何か言葉を延々とずっと繰り返している。ときどき「武田薬品」とか、「飲む」とか理解できる単語も聞こえるが、ほとんど意味不明だ。
時折、かすかな声でその言葉に応ずる声が聞こえる。親御さんか、付き添いの人だろう。
同じテンションでずっと喋っているのだ。小さな声ならまだいいが、我々が飲み屋で話すような音量の声が、静かな車内にずっと響き渡っている。
さあ、どうする。注意したところで、聞き入れられるはずがない。彼にそんな理解力はないだろう。もしあれば、付き添いの人の注意にとっくに従っている。
赤ちゃんの鳴き声なら仕方ないと諦めるが、野太い大人の声だ。どうにも置き換えることはできない。
途中で降りることを願ったが、結局私と同じ駅で降りた。一時間、彼はずっと喋りっぱなしだった。
運が悪かったと諦めるべきなのかもしれない。しかし、この怒りはどこへ向ければいいのか。
もう一本電車が違ったら、もう一つ車両が違ったら。なぜ同じ電車なのか、なぜ同じ車両なのか。
やはり運が悪かったと諦めるべきなのだろうか。
一つ言いたいことがある。公共機関を利用する以上、公共に迷惑をかけるべきではないと思う。
健常者がそういう行為をしているのなら、蹴飛ばすなり殴りつけるなりして事は済む。
社会的弱者が公共に迷惑をかけている場合、我々はどう対処すればいいのだろうか。
さあ、みんなで考えよう。