王将の社長撃たれる:続報

新しい情報が入ってきた。
王将の社長は、22口径のオートマチックで合計4発撃たれていた。
22口径なら音が聞こえないのも頷ける。
当初は反社会的勢力、つまり暴力団関係者の犯行とも思われていたが、これで混沌としてきた。
と同時に、新たな可能性も出てきた。
22口径は、殺傷能力が低いので比較的安価だ。
つまり、アジア系など外国人の可能性も出てきた。
気に食わなければ殺すという短絡的な考えからも、社長に個人的な恨みをもつ、あるいはもっと単純な妬みや嫉みからの犯行かもしれないのだ。
未だ目撃者や有力な情報もなく、京都府警の辣腕に期待するほかはないのだが、一刻も早い犯人逮捕を祈るばかりだ。

王将の社長撃たれる

朝出がけに入ってきた速報だった。
ちょっとだけ定時のニュースを見て出かけたが、そのときにもう胴体に三発銃弾を受けていたのを聞いていたので、意識不明とはいうもののたぶんだめだろうと思っていた。
京都を代表する企業だけに残念な事件だ。
犯行の手口からすると、銃の扱いに長けたもの、普段から扱っている人間だろう。
となると、警官が軍人かヤクザだ。
簡単に殺人を犯すとなれば恐らくヤクザだろう。
ヤクザとはいえ、人を殺すのにはそれなりの理由がある。
いくらヤクザでも、そこらのキチガイとは違って理由もなく人は殺さない。
恐らく何らかの脅迫をしていたのだろう。
それに、社長を亡き者にしても継続するような問題に違いない。
早急な事件の解決と犯人逮捕、社長のご冥福をお祈りする。
週末は王将行くか。

「輪」

今年の漢字は「輪」だそうだ。
オリンピックの輪ということなのだろうか。まあ他に思いつかないのでいちゃもんはやめておこう。
私的にはもうこれしかない。
今年の漢字
カレンダーが毎日この漢字で埋まりそうだ。いや、現に埋まっていた。
来年はもうちょっと「休」を増やしたい。意外と「金」は増えないんだなあ。。。

消費税8%へ

結局低所得者層への対策はおざなりになった。
私は食料品非課税を強く推奨していたが、公明党かどっかがややこしいから嫌だとか言ってたような覚えがある。
消費税は過去に二度引き上げられたが、いずれも著しい景気の失速を招いている。
今回もそうなるのだろうか。
社会保障制度はもはや崩壊しているも同然だ。
その仕組みを直さずに、金だけ増やしてどうしようというのか。
政治に正義などない。これでまた新たな悪党が蔓延ることだろう。
この消費増税は、国内の諸対策より、対外的なものが強い印象がある。
諸外国はどう評価するのだろうか。
明日の為替と株価が楽しみだ。

バイトテロとはよく言ったもんだ

しかしまだやる奴がいるとは、今の若者、相当バカが多いようだ。
バカは死ななきゃ治らないので、尖閣に中国が突撃したときは頼むぞ。
会社側が損害賠償を請求したときに、私はどんどんやったほうがいいといったが、結果として事態は収まるどころか全く変わっていない。
学習能力がないというか、状況を判断する能力がないというか、これも近年の教育の不備が原因だろう。
私は体罰容認派で、法的な懲罰を与えるよりも顔中の穴という穴から血が出るまで殴ったら治るだろうと思っていたが、どうやら事はそう簡単にはいかないようだ。
まったく、めんどくさい世の中になったもんだ。

ねじれ解消とな

なんでもいいから投票しろという行動は、私は感心しない。
それが民主党の失政を生み、かえって国民の政治離れを加速させてしまった。
投票するからには各候補者がどんな主張をしているかを少なくとも一度は目を通すべきである。
というわけで、今回はあまりに忙しすぎて投票しなかった。
今回の選挙はずっと職場にいたせいか、選挙カーがあまりうるさくなかったように思う。
野党は自民の暴走と声高に言っていたが、私に言わせれば消費増税を決めた民主党こそ大暴走の元凶であり、どの面下げてその言葉がついて出るのか不思議だ。
とはいえ、さらなる暴走は止めなければならない。
その楔役に期待するのが公明党しかないという現状は全くもって不本意極まりない。
そろそろ政教分離を断行すべきだ。だから幸福実現党みたいなカルト教団がまたわらわら出てくる。
自民の暴走に関しては、左翼の勇気ある諸君にお願いするとしよう。

ひとりでできるもん

初めてひとりで映画を観に行ったのは、小学校5年生だった。
一緒に行く予定をしていた友達がどうしても行けなくなって、ひとりで映画館へ行った。
その映画館はもう何度も行っていたので別に困るようなことはなかった。
それ以来、映画はひとりで行くようにしている。
今の若者は、果たしてひとりで何かできるのだろうか。
とかく人とのつながりを求める昨今、人は所詮ひとりである。
集団心理は、ときに暴走し、ときに人の命を奪うこともある。
それが本意でないにしても、起きてしまったことは取り返しがつかない。
人は自分が無力であると思うからこそ、他人の威を借りて自分を誇示しようとする。
しかしそれをいつまでも続けていると、自分が無力のまま歳をとってしまう。
宝塚の奥のほうに、廃線跡がある。
人気のハイキングコースだが、トンネルが多い。
もちろん明かりは一つもなく、懐中電灯携行必須である。
入口も出口も見えなくなったところで、懐中電灯を消してみた。
目は確かに開いているのに、何も見えない。かざした手すら見えない。
私は初めて、そのときにひとりでいる恐怖というのを覚えた。
今の若者に、その闇をひとりで打ち破る力はあるのだろうか。
ひとりで映画館に行く力はあるのだろうか。
ひとりで喫茶店に入る力はあるのだろうか。
今からでも遅くない。ひとりで何かを成し遂げる力をつけていってほしい。
そうすると改めて、他人の尊さがわかると思うのだ。
自分ひとりでは微力だから、他人の力が必要なのだと。