誤動作したエレベーターに挟まれた死亡事故が起こった。シンドラー社という昇降機メーカーは、世界でもトップクラスのシェアを誇る。
事故の原因についてシンドラー社は、メンテナンスを請け負った日本の会社や行政に責任を転嫁している。それについては別段珍しくもなく、欧米人の対応として当然だ。彼らが決して自ら責任を負うことはないだろう。
問題は、人間があまりにも機械を過信していることにある。
エレベータなど人が操作するような機械は、シーケンサと呼ばれる制御装置でコントロールされている。昔はそれこそ電気的に制御していたが、今なら簡単なコンピュータとプログラムが使われている。
エレベータの機械的な部分に例え問題がなくても、このシーケンサがおかしければ誤動作の原因になる。そしてそれは、往々にして人為的ミスの産物である。
機械に罪はない。作った人間、使う人間如何によって、機械は狂気と化すのだ。
インターネットのインフラが整備され、ネット家電なるものが普及しつつある。
パソコンでさえセキュリティの問題が解決されていないのに、冷蔵庫や洗濯機までがハッキングされて暴走する可能性を孕んだまま、技術だけが先に進んでいく。
あなたの傍にいる愛玩ロボットが、真夜中にその目を赤く光らせて睨んでいることに、あなたは気づいているのだろうか。
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消えた深夜放送
この記事をリアルタイムで見ている人はテレビ番組欄を見ていただきたい。午前1時から午前5時まで、民放やNHK全ての放送局の番組予定が真っ白なはずだ。
実はこの日で、NTTマイクロ波回線が光に切り替わる。そう言ってもなんのこっちゃわからないだろう。私もあんまりわからない。
テレビ番組というのは、東京のキー局から電波で各地の放送局へ送られる。それに使われているのがNTT保有のマイクロ波回線だ。
電波少年の間では、地元で放送されていない番組を観るために、このマイクロ波受信装置を製作して楽しんでいる人達もいる。残念ながら、これからはそれももうできなくなる。
消えた深夜番組は、その切替作業のためのお休みなのである。
もしかすると、月曜日のテレビは何か面白いことが起こるかもしれない。深夜放送もないので、早寝早起きで備えよう。
やぶいぬ
まあいろいろあって妹が甥と姪を連れて帰ってきている。こないだ散歩がてら動物園へ行った。一通り見終わって、何か見てない動物はないかと探していると、やぶいぬの檻へたどりついた。
やぶいぬ?初めて聞く名前だ。コヨーテとかその辺の仲間だろうか。英語でブッシュドッグ(そのままw)、ギルガメス軍汎用ATみたいだ。ターンピックが甘そうだ。
檻の中を見渡しても姿はない。しばらく待っていると、奥から出てきたのは、たぬきくらいの小さなずんぐりとした普通の犬だ。精悍なイメージとは程遠い、耳も顔も丸っこい実に愛らしい感じだ。
おまけにこいつが「きゅーん」と泣きやがる。妹と二人で「欲しいー」と思わず叫んでしまったほどだ。校外学習かなんかでやってきたイマドキのすかした高校生男子も、あれめっちゃかわいいやんとか言ってたし。
甥っこそっちのけで10分ほどやぶいぬを見溜めして動物園をあとにした。
今年はもしかするとブームが来るかもしれない(来るか
やぶいぬ王国:http://homepage1.nifty.com/marchio/
やぶいぬの写真を撮り忘れたのでそっちのけにされてた甥っ子でも
鴨川でスッポン発見
先日拾ってきたカメがなかなか餌を食べないので、生餌を与えるべく川へ行った。川エビくらいなら食べてくれるだろう。
川エビは水草のあるところによくいる。鴨川の一つ隣、みそそぎ川に心当たりがあるので行ってみた。
日差しは暑いが水はまだまだ冷たい。足が攣りそうになるのをこらえながら川に入る。かなり流れが速い。油断すると足を取られかねないのでゆっくり歩く。
川岸の水草のあたりを手網でごそごそやると、川エビやイトトンボのヤゴが入っていた。手ごろな大きさの川エビを選ぶ。
流れに逆らって歩いていると、足元を丸い何かが動いていった。網で掬い上げると、それはなんとスッポンの子供だった。
子ガメを飼ったばかりなので、直径5センチくらいの円形の動くものによく目が反応する。しかしまさかスッポンとは。
このまま大きくなって、川遊びする人間の子供に危害を加えてもまずいので、ひとまず捕まえておく。
しばらく歩いていると、また円形の動くものが。二匹目ゲット。小さい頃からこの川でいろんな生き物を獲ってきたが、スッポンは初めて見る。
これはもしかするとまだいそうなので川エビを充分獲ったあとにスッポン探し。すると三匹目ゲット。
スッポンはカミツキガメなんかと違ってちゃんと日本に生息している生き物なので、このまま放っておいてもいいのかもしれないが、川で遊ぶ親子連れの姿を見ると捕獲した分だけでもなんとかしないとと思い、家に持って帰った。
水を張った水槽に入れると動く動く。これだけよく動くのだから、食べると精がつくのもわかるような気がする。
さすがにスッポンは飼えないので、そのうち近くの寺の池にでも逃がすことにしよう。
かめさん
けろちゃんず合掌から一月、新たなけろちゃんずを探すべく山裾の田畑に出かけた。河原で餌が獲れないときにいつも行くところだ。草の生い茂る休耕田があって、そこでアマガエルをよく見かけた。
バスの終着点からしばらく歩くと大きな池がある。その池のほとりをぐるっと回ると目的の場所だ。
初夏を思わせるような暑い陽射しが降り注ぐ。
休耕田の草はきれいに刈り取られ、陽射しで地肌が乾いている。水気がないのでこれはいないだろう。水場を求めてあぜ道を歩くが、アマガエルの姿は見つからない。トノサマやツチガエルはいるのだが、彼らは水棲なので飼育が難しいのだ。
諦め気分で側溝の水の流れを眺めていると、どんぶらことカメが流れてきた。小さな子ガメだ。これはいかんと網ですくった。
網の端に手を掛けて首をぐいっと伸ばして様子を窺う子ガメをしばし見つめる。
飼うか。
献血する?
厚労省のアンケートで、若者の4人に1人が献血を知らないと答えたそうだ。厚労省は若者の献血離れにショックを隠せないそうだが、周知不徹底というより、今の若者が相当バカだということである。
身の回りや社会に関心を持たない連中が増えているということだ。まあ、それが大人の責任と言われればそれまでだが。
しかし、献血離れと今の若者の風潮は、そんなに密接な関係ではないと思う。斯く言う私も、献血はしたことがない。
ぶっちゃけ、何で病気でもないのに注射せなあかんのじゃ、ということだ。
つまり、高所恐怖症の人間が金を払って観覧車に乗るようなものだ。なんで金払ってまで怖い目に遭わなあかんねんと。
もちろん、身近な人間が怪我をして、輸血が必要だと言われれば四の五の言わずに血でも臓器でも提供するが、そうでもなければとても駅前でふらっと注射をぶちゅっと打ってもらう気になどなれない。
善意というのはひけらかすものではないと思っている。震災のとき、被災地が故郷であった某芸人は、人知れず多額の寄付を行ったそうだ。
一応、財布に入れているドナーカードは全提供に丸をつけている。だから血は、生きてるうちは勘弁してくれんか。