雨が止んだ隙をついて出かけた。7月にしては涼しいが、歩くとやっぱり汗は出る。
今、仕事場でヒマなときに写真を撮っている。学生アルバイトの女の子が多くて、青春の思い出にいっちょ噛みしてやろうという親心というか、オヤジ心だ。
と思ったら、立て続けに二人も辞めることになって、もう少し早く撮ってやればよかったなと思う。
で、写真を持ち歩くのに何に入れていこうかと、鞄の中で折れてはいけないし、手ごろなケースかファイルのようなものはないだろうか。
とりあえず無印に行く。ついでにコルクボードなんかも欲しいな。
ファイルの辺りを物色していると、仕切りファイルというのを見つけた。A6サイズでブリーフケースのような感じで、中がいくつにも仕切られている。なんとゴム留めだ。
写真もハガキも入るちょうどいいサイズ。他によさそうなものが見当たらないというか、これでばっちりのような気がして買う。
コルクボードは裏打ちされているものが欲しくて、ロフトまで足を伸ばした。文房具フロアの隅のほうで発見。あったあった。あまり大きいのもジャマになるのでA4サイズを買う。ピンはなんでもよかったが、寒色系の色使いが多い職場なので暖色系をチョイスした。
彼女たち喜んでくれるといいのだが、一番楽しんでいるのは私だったりするのだ。
カテゴリー: 雑記
集中豪雨の思い出
梅雨末期の豪雨で各地で被害が出ている。私の住んでいるところは水害とはあまり縁がないが、独り暮らしをしていたときに一度大変な目に遭った。
仕事に向かうために朝早く目を覚ました。外を通る車の音がなんかおかしいなとは思っていたが、別段気に留めることなく支度をして部屋を出た。
階段を下りて外に出ると、辺り一面水浸しだったのだ。アスファルトはほとんど見えず、道が川になっていた。
行くしかどうしようもないので、そのまま出かけた。なんとか濡れないようにしようとしたが、先へ行くほどそれは絶望的で、私は覚悟を決めた。
人間一度覚悟を決めると、自分の置かれている状況を楽しもうとするらしい。私はじゃばじゃばと川になった道を歩いていった。
かなり広範囲まで浸水しており、深いところでは膝の下まで浸水していた。駅まで1キロ半ほどあるのだが、私の家から半径500mくらいは川のようになっていた。
濡れてぐちゃぐちゃになった靴のまま、神戸まで仕事に行った。
深刻な被害はなかったものの、自然災害の恐ろしさを体感した貴重な経験となった。
まだまだ雨は続くので、引き続き厳重な警戒を。
暑いねえ
このクソ暑い日に、スーツを着て仕事をすることのなんと非効率なことよ。
身なりさえきちっとしていれば、強姦魔でも連続殺人鬼でも同じ扱いである。理不尽この上ない。
しかし、人は見かけで判断するしかない。いかにもおかしな格好をしている奴は、やはりおかしい奴だったりするのだ。
全て太陽のせいにして、私は貝になろう。
あー暑。
運の悪い日
朝、昨日買ってきたパンを食べる。コロネという生クリームが入った菓子パンだ。クリームが見えているほうを一口かじる。
にょるっとクリームがはみだして落ちかける。手がクリームでべたべたになる。パンの隙間からもはみ出る。収拾がつかない。
仕事にいく。今日は昼までで終わる。スタッフの女の子たちとぺちゃくちゃ喋る。発注にミス。場所が違う。慌てて準備しなおす。
晩飯はカレー。食べ終わって、ガムが食べたくなる。仕事の行きがけに確かスポドリと一緒に・・・袋から出すのを忘れ、飲み干したペットボトルを入れて捨てたのを思い出す。
ま、こんな日もある。
量刑基準
光市母子殺害事件で最高裁は、二審判決を破棄して高裁に審理を差し戻した。つまり、無期懲役では物足らん、死刑にしろ、ということである。
日本国民全員にアンケートをとったとして、今回の決定に異を唱える者は弁護士と本人くらいだろう。そのくらい、被害者のみならず我々のはらわたは煮えくり返っているのだ。
量刑基準という言葉がある。人を何人殺せば死刑とか、裁判というものはとかく基準をつくりたがる。判例主義と揶揄される日本の司法の汚点でもある。
どこかの情報番組で、この最高裁判決は主観的だという意見があった。裁判の判決では珍しいそうだ。もっと客観的で明確な基準が欲しいと言っていた。それは今後の判例になり、同様の事件に対して適応されるのだろう。
だが、判例に縛られる判決より、個々の事件を主観的見地から判断して量刑を下すほうが、とかく無視されがちの被害者心情を酌みいれる点ではいいと思う。
そういう意味では、今回の判決に司法の心情みたいなものを垣間見た気がする。
数年後、裁判員制度がスタートする。我々もこそ泥から大量殺人まで、自分の判断で量刑を下す時がくる。
我々のような素人に、客観的な判断はできない。主観的な判断しか下せないだろう。それでいいと思う。裁判員の主観的判断を集めて、裁判官が最終的な量刑を決めてくれればいい。
そのためには、司法の場が率先して人を裁くということを我々に示すべきなのである。故に、今回の決定は実に参考にすべきものであると、私は思う。
かめさん用にエアフィルターを買う
割と早い段階で市販の餌を食べてくれた子ガメくん。これから暑くなるのでヒーターとかはまだいいかなと。
しかし、ヒーターを導入するとなると、置き水ではだめなのでポンプの類は必要だ。
カメなので水深は浅い。大きなものは付けられない。ポンプとヒーターを置くとなるとかなり狭くなってくる。何かいいものはないかとホームセンターを見つけるたびに覗いていた。
ちょっと大きいホームセンターに行ったときに、カメの専用コーナーがあったので見てみると、小さなエアフィルターがあった。フィルター機能の他に水流も起こせるようだ。
なんといってもその価格、700円でお釣りがくるのだ。これはもう即買いである。
帰って早速つけてみる。確かにちょっと場所はとる。小さい間はまだいいが、大きくなれば水槽を替える必要があるだろう。
水流が少し強いのか、子ガメが流される。まあいい運動だ。
梅雨に向けてさあ問題はライトだ。30cm水槽じゃきついかな。
タイムマシンにお願い
ワールドカップの話。
どうも、また誤審の話が出てきている。オーストラリア戦での日本の得点が誤審だったとされ、さらにゲーム終盤で取られるべきファウルが取られず、日本がPKの機会を失ったのも誤審らしい。
特にゲーム終盤、もしそこでファウルが取られていれば、日本がPKで得点を取っていた可能性があり、また、そのファウルを犯したケーヒルにイエローが出ていれば、彼は累積二枚で退場となり、あの勝ち越しゴールはなかったことになる。
さあどうする。タイムマシンで過去に戻り、もう一度やり直すか。
WBCを思い出して欲しい。
日本の決勝進出は誰もが無理だと諦めた。しかし、あの審判の誤審が日本を救い、結果的に日本は優勝を遂げた。
タイムマシンで誤審をやり直したとして、果たして日本が望む結果を得られただろうか。
タイムマシンなどいらない、勝利は自力で勝ち取るものだ。しかしそれには、ほんの少しだけ神様の力が必要だ。
ドイツにありったけの奇跡を。