確かに、何年かに一度はこんな河川敷が埋もれるほどの大氾濫を起こす鴨川だが、こう毎年のようになってはたまったもんじゃない。



17日の京都は、結局丸一日毎時10mm以上の雨が降り続いた。
荒神橋では避難判断水位を突破し、ほぼ左京区全てで避難勧告が発令された。
長い間京都に住んでいるが、もちろん初めてである。




河川敷の芝生は恐らく全滅、三条大橋下のみそそぎ川に架かる橋も、一昨年の流出で新調した甲斐もなく再び粉砕されてしまった。





人的、物的被害がなかったのが幸いである。
昨日は首都圏や大阪の北部でかなりの雨が降った。
そして北海道では特別警報が発令された。
その土地にとっては50年に一度かもしれないが、こう毎月のように出されては困る。
昨日一日で何か所も一時間雨量が100mmを超えるところがあったのだ。
これはもうゲリラという散発的な攻撃ではない。テロだ。
雨雲は10分もあれば発達する。
例え晴れていても大気が不安定という予報が出ていたら、空を見て注意しよう。
こういう異常気象のパターンもあったのかとふと思う。
梅雨が空梅雨気味だったので、台風で帳尻を合わせてくるかと思ったら、台風どころか戻り梅雨以上の大雨が各地で降り続いている。
大雨が降ったら広島でなくてもどこでも土砂崩れの可能性があると以前書いたが、今度は北海道の礼文島で起きた。
50年ぶりの大雨だったそうだ。
恐らく地元の人々は広島のニュースを見ながら「うちは大丈夫だ」と思っていたかもしれない。
この世界に大丈夫な場所などどこにもない。
かく言う私もそうだ。
鴨川は近代に大規模な改修が行われるまではけっこう氾濫する川だった。
川面が大きく掘り下げられてからは氾濫することもなくなったが、大雨が降ればその限りではない。
しかしまあ、鴨川が氾濫するようでは、この日本もいよいよかもしれない。
広島で大規模な土砂崩れが起きた。
たくさんの死者行方不明者が出てしまい、心が痛い限りだ。
行政の避難指示が遅かったとか、地盤が悪かったとかいろいろと言われているが、仮に避難指示が完璧で、地盤がしっかりしていたとしても、災害は回避できなかっただろう。
何がどうなっていても、あれだけの雨が降れば土砂崩れはどこでも起こる。
一時間100ミリの雨は、こうして文面で見るより遥かに想像を絶する。
もし熟睡していたとしても、雨の音で起こされるはずだ。
そして必ず、不安を掻き立てられるはずである。このままで大丈夫かと。
そう思ったなら即避難すべきなのだ。
山沿いの斜面の地域に安全などない。大量の雨が降れば必ず危険になる。
予測も万能ではない。予測は所詮予測だ。現実ではない。
最後に頼りになるのは、人間の本能なのだ。
身の危険を察知する本能がなければ、どんなに安全に囲まれていても人は死ぬ。
この世に100%の安全などない。
去年の9月を彷彿とさせる大雨である。
京都市内では、気象台観測値で12時からの一時間に66mmの雨が降った。
河川は水位が上昇し、鴨川は全ての河川敷が水に浸かった。
今日は折しも送り火の日、基本的には雨天決行なので、今のところ中止の報は入っていない。
幸い雨も止んでいるので、無事開催されることだろう。
雨で火が消えてはご先祖様も帰りにくいし。
せっかくの休み最終日も家でごろごろである。
明日仕事が入った恨み節の雨だ。
天気図的にはすっかり夏も終わり、蒸し暑さだけが残ってしまった。
送り火を鑑賞される方はくれぐれも河川敷には近づかないように。流されて来年送られる側になってしまうぞ。
自然というのは人間が思う以上に複雑であり、神秘的である。
そして、人間の都合などこれっぽっちも聞き入れてくれない。
夏に雨が少ないと嘆いた我々をあざ笑うかのように、これでも食らえとばかりに雨が降ってきた。
京都は一日雨で、ちょうど朝出かけるときに最も降りが強かったもんだから、膝から下がびちょびちょの状態で職場へ行く羽目になってしまった。
BSが停波したときに気づくべきだった。アンテナは南西の方を向いているので、西側に強い雨雲が来ている証拠でもあるのだ。
沖縄近海に停滞気味の台風のせいで、湿った南風が西日本にずっと吹き付けている。
これが雨雲のエネルギーとなって、各地に雨を降らせている。
台風が動かない限り、同じような傾向の天気が続くだろう。
また雨が続くと、人間は夏の晴れ間を恋しがるわけだが、そんなことを思えばまたあの暑い日差しが戻ってくるからやめてくれ。